このままでは何者でもない人になってしまう。機械学習への挑戦。

自分とは何者であるのか。それは結局「なにができる人なのか」と同義であると思う。

一昔前まで初対面の挨拶が英語でHow do you do(仕事はなんですか)だったのを引き合いに出すまでもなく、小学生であれば「サッカーやってる大橋君」「ピアノが上手な加藤さん」「算数が得意な皆川君」ってな感じだし、社会人になっても特技が職業に取って代わるだけで根本的に同じだ。「Jリーガーにはなれなかったけどジュニアチームでコーチを務める大橋君」「自宅でピアノの先生をしている加藤さん」「SEで過労死寸前の皆川君」ってこと。

年収や仕事上の地位を自慢話にしてくる人があまりにも多いなか、やっぱり職業的な専門性は自己認識を構成する最も安易な要素だ。もっとも、持てる時間の殆どを仕事に費やさざるを得ないのが現代人なので、こうしたメンタリティは至極自然といえる。

人間性の本質を評価するには時間がかかる。そこまでの関係でないうちは、どのような食い扶持を得ているのかが、ある程度信用に足る安全な判断基準なんだろう。これは日本人だけでなく先進国のほとんどで、その人の就いている職業で第一印象が決まると感じる。その国が歴史的に階級社会ならなおさらだ。

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僕は一貫してプログラマだと思う

高校生の時からずっとコードを書き続けている。そういう意味で食い扶持を得る仕事かどうかは別にして僕の自己認識はいつもプログラマだ。

やっぱコードを書くのは楽しい。プログラムとは材料の要らないモノづくりだ。アイデアが思い通りにカタチになって、実際に動くのをみるとゾクゾクする。このゾクゾクは僕の生きる喜びであり、これだけは今までの人生で見失ったことがない。技術情報を介して人間関係が広がっていくのも楽しい。同じ技術に身を置く者同士は親近感をもちやすく、共通の話題も尽きない。このあたりの社会的な意味合いでも、専門性は自己認識を担保してくれる。

そんなわけで職業プログラマとして挫折した今でも、アイデアをカタチにして運用する喜びは僕のアイデンティティの根幹であり続けている。ただ、今回書きたいのは、プログラムを書くのが生きがいだからといって、職業としてコードを書くのは全く別の話であるということだ。

コード書きマシンとして扱われる苦痛で病んだ

職業プログラマには35歳定年説というのがある。一定の能率で仕様書をコードにできる限界が35歳というわけだ。この概念に「コード書きマシン」として扱われる悲哀の全てが込められている。「人月」や「工数」という言い方に技術者をまるで命令すれば自動的にコードが出来てくる「機械」として扱っていることが良く表現されている。

当然、僕らプログラマは機械ではない。生きているし自由と情熱を持つ一人の人間だ。プログラマとして社会に出て愕然としたのは、職業的にプログラムを書くことがあまりにも軽視されていることだ。プログラマであり続けるためには日々自分の時間をつかって勉強し続けて、爆速で進化する開発環境にキャッチアップしなくてはならない。いわば会社は技術者のこうした目に見えない努力を無料で搾取しているに等しい。

僕は理不尽な扱いを受けるのが大嫌いだ。だからこうした搾取構造に病み、職業プログラマを挫折して日本を去った。

何かを出来る人であり続けたい

だからと言って「何ができる人なのか」が自分でも他人からも評価を決定付ける。それがこの世の理(ことわり)であることから逃れることはできない。僕は今まで積み重ねた努力を棒に振る勇気もなく、自他共に「プログラムが書けるイクさん」であり続けている。

それなのに、職業としてプログラムを書くことからは挫折したままだ。このままでは徐々に「何も出来ない人」に堕ちてゆく運命にある。なんとしてでもプログラムを書くことを金銭的価値に買えていかなくてはならない。我慢ならぬ会社の搾取構造から離れた場所で。。。

これはとてもむずかしい。でもデータ分析や機械学習の分野に希望を見出している。

機械学習に活路を見出してる

近年、機械学習・深層学習という分野がなにかと話題になる。プログラムによる認知能力・判断能力が人間のそれを凌駕しようとしている。「コンピュータに仕事を奪われる」と悲観的な意見も多いなか、僕はこの分野に希望の光を見ている。

全自動で「どんなプログラムでも意のままにこしらえてくれるプログラム」が登場するのはまだまだ先のことだろう。それまでは、状況に応じて適切な深層学習プログラムを作って運用する役目を状況に応じて人間が果たし続けることになる。

これは画期的なことだ。今までは言いなりに仕様をコードに落とし込むのがプログラマだったのに対し、機械学習やデータ分析においてコードとは単なる手段にすぎず、その結果こそが最終成果なのだ。この分野におけるプログラマは単なるコード書きマシンではなく、お客さんが求める戦略を提案するのにコードを書けるコンサルタントにも似た能力となる。

いわば、マニュアルに従って時給で稼働する組立作業員に甘んじること無く、情熱と努力して得た知識を道具にしてソリューションを提供する立場にプログラマとして成れる可能性が出てきた。

それでもゴールは遠い

いままで15年以上コンピュータ周りに張り付いてきた僕としては、その存在を根本から変化させる人工知能まわりの動きは乗るべき波にしか見えない。

ただそこにキャッチアップしていくのは容易ではない。つくづく、この業界は勉強が必要だ。でも時代は21世紀。Kindle書籍、Youtubeの技術公演などで最新の情報に世界のどこにいても触れることが出来る。もはや「やるか」「やらないか」の意思の問題にまで落とし込まれている感すらある。

僕としては是が非でも追いついてこの波に乗っていきたい。僕が僕であるために。

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