郊外で無職は生きにくい。都会にこそ多様性と包容力がある。

僕は多摩と呼ばれる東京の郊外で育った。高校卒業後も大学や仕事の関係で、さいたま市や川崎市、つくば市なんかのいわゆるベッドタウンを転々とした。

それで3.11の後に人生で初めて23区内のシェアハウスに引っ越したら、都心の生活はとても快適で驚いた。それは交通の利便性のみならず、精神的にも都会の方が平穏だったのだ。

今日は郊外の生きにくさについて書く。

郊外は住民が均質

東京近郊のベッドタウンは、会社で滅私奉公して郊外に庭付き一戸建てを持つ「ジャパニーズ・ドリーム」の成功者が住む街だ。そこではクレヨンしんちゃんの野原家みたいな人生が普通であり、そこから逸脱した人間には住みにくい。

平日の明るいうちに表を歩いているのは就学前のガキンチョとそのママだけ。ウツで仕事ができなくなって昼間っから酔っ払ってフラフラしていたんだけど、いい年した男がビール片手にうろつくと通報されるくらいに浮く。

郊外のベッドタウンとは、男は仕事、女は子育て、子供はお塾と、それぞれの役割をまっとうにこなせる者だけが住める選ばれし場所なのだ。

都心には包容力がある

ところが同じ東京都でも、都心の下町に行くと全然雰囲気が違う。上野や新橋、秋葉原、新大久保なんかには昼間からフラフラしてるおっさんが普通にいる。結局、僕も郊外を出て彼らの一員になることで安住の地を得た。その後、それにも行き詰まって世界を放浪することになったのだけど。。。

いろんな国に行って思うのは、人間とは本来いい加減な生き物で、キチンとしてる人がむしろ珍しいということだ。 新興国では中流階級の人口が急成長している。一生懸命勉強し、都会に出て仕事で成功すれば、将来故郷に家が建つ。そういう新しい生き方に目覚める若者の熱気でアジアは今急激に成長している。

それでも、そういう人生を選ぶのはまだまだ一部で、東京の多摩のように全員が目的もなく大学進学を目指すような異常事態にはなっていない。ベトナムやタイ、インドネシアなど活況に沸く国の若者でも、今まで通りのんびりと毎日を生きている人がたくさんいる。

これは本当に気持ちのいいことだ。努力したい人は努力により報われる。のんびりしたい人はのんびりと人生を楽しむ。どちらが正しいわけじゃなく、それぞれに幸せのカタチがある。

いろんな人生があっていい。

不幸にもキチンとした珍種ばかり暮らしてる郊外エリアで育ったために、キチンとしてなきゃ生きる資格が無いと錯覚していた。サラリーマンとして仕事をこなせなくなると地域社会でも浮いてしまうなんて、この世のディストピアでしかない。

シンガポールは国土のほとんどがベッドタウン

そんな背景から、僕は郊外のベッドタウンに住みたくない。それはシンガポールに移住しても同じ。

シンガポールの郊外も、ローンを組んで高層アパートを買って子供の教育に熱意を注ぐ、クレヨンしんちゃん家族が住んでいる。そんな延々と続く均質な町並みに、飲んだくれが昼間からフラフラする余地はない。じゃあ都会はというと、シンガポールは国土が狭いので奇抜なホテルやマーライオンがあるのは本当に限られたエリアでしかない。

シンガポール中心部で飲んだくれが暮らしやすいのはインド人街Little Indiaだ。ここは2014年の暴動以降、野外での飲酒が制限されている。だけど、禁止時間以外は道端に座り込んで酒盛りしている南アジア系の労働者がたくさんいるので、ここに僕が赤ら顔でひとりくらい混じっても全く目立たない。しかもその一方で、インド人街にはコンドミニアムや高級ホテルも混在する。この多様性と混沌で住み心地がとても良い。街に包容力がある。

まぁそんな感じで、「普通」の定義が曖昧な多様性のある街に住むと気楽なのでお勧め。

コメント

  1. […] 郊外で無職は生きにくい。都会にこそ多様性と包容力がある。僕は多摩と呼ばれる東京の郊外で育った。高校卒業後も大学や仕事の関係で、さいたま市や川崎市、つくば市なんかのいわゆるベッドタウンを転々とした。それで3.11の後に人生で初めて23区内のシェアハウスに引っ越したら、都心の生活はとても快適で驚いたshishimong.com […]