童貞は恥ずかしくない!シンガポールで彼女を維持するのは時間の無駄。

中学生のとき僕は学級委員だった。場末の農業地区とはいえ、中学におけるクラスの長である。クソだるいのになんでそんなエラい役職を引き受けたかというと、修学旅行を私服にするためだ。

すべては気になる女子の私服を見るために。

女子は先にオトナになる

小学校に入学した頃はまだ男子のほうがチカラがあって威張っているものの、4年生くらいになると二次成長で我らが男軍は後塵を拝し、憎き女子連合に力技で次第に負けるようになる。悔しいのう、悔しいのう。。。

さらに、小学校も卒業間近にもなると、もはやクラスの女子はいっぱしにオンナである。

体つきがみるみる大人の女性に近づいていく同級の女子たちを、無力な男児たちはハイパーYOYOやらデジモンをしながら指をくわえて見ているしか無い。

今思い出すと、ただただ厄介な存在だったクラスの女子たちが、あっとう間に男子の興味の対象になるその変化は、本当にドラスティックだったと言うほかない。

彼女ら本人にしてみれば、アルプスの少女ハイジのような無垢な存在から、おそらく個人的視点では僅かに1年足らずで性的なアイコンを身に纏うことになる。その変化を彼女らはいったいどんな体験として受け止めたのだろう。デジモンに夢中だった当時の僕には知る由もない。

折しも当時はSpeedの全盛期。僕らと同じ歳の島袋女史がミュージックステーションやカウントダウンTVなどで大活躍しているなか、日に日にSpeedの彼女らに近づいていく同級の女子たちの変身は、とてもまぶしかった。デジモンの次に。

日本男子の厳しい宿命

小中学生の多感な時期に、男子は女子の後追いになる宿命だ。そんな惨めな青春の入り口で、我ら男軍に下された使命とは「自分よりずっとオトナな女子を口説いて早々に初体験を済ませる」ことである。中学生、遅くとも高校時代にこの使命を達成できないと、その後チェックシャツを身にまとい関数電卓と図書館デートする青春が待っている。

これが誇張でも何でも無く事実だから困る。大学とはすでに小中高で身につけた恋愛スキルを披露する場だ。仮免許で異性交友が許されるのは高校まで。恋愛経験ゼロで大学生になることは、無免許で名古屋を運転するようなもんだ。手遅れである。

まだ毛も生え揃わないうちに女子とどう関係を結ぶかが、その後死ぬまでの異性関係を司る。日本男児にとってこれは本当に恐ろしい文化だ。

シンガポールでこの感覚は共有されない

この様に日本の恋愛合戦場は厳しいので、童貞魔法使いであることは生涯のアイデンティティに大きな影を落す。ところがシンガポールで出会う童貞男子からこういう負のオーラを感じない。堂々としている、というか気にすらしていない。

で、先日そんなサバサバ童貞男子と話していたら「実家を出たいからダルいけど結婚するしかない」という言葉が飛び出した。住宅難のシンガポールでは、家族でないと低中所得者向けの公団住宅「HDB」を購入できないのだ。だから親元を離れたい場合、とりあえず結婚して家を買う必要がある。そのためのパートナーを探さないといけないが面倒くさいらしい。

彼にとってもはやオンナは家を買うための条件でしかない。いわく「シンガポールで彼女を維持するのはカネと時間のムダ」なんだそうだ。男は兵役もあるのに女の方が態度がデカいしトラブルの元だから無用に関わらない方がいいという。

なんて自由なんだ。性の束縛から完全に自由を勝ち取っている。中二病的黒歴史で塗り固められた僕の汗と涙の青春はいったいなんだったのか。僕もシンガポールに産まれたらここまで達観できたのだろうか。

彼を無味乾燥だと切り捨てる人も多いだろう。でも僕は「ラクでストレスがない人生」を幸福と定義しているので、彼の生き方・シンガポール童貞男子の思想は非常に興味深い。