抗精神病薬の断薬・減薬は生活ストレスを具体的に減らしてから

2週間日本に帰国していたんだけど、今まででは考えられないくらい睡眠を取れた。前回は夜にデパスを飲んでも枕が変わると寝付きが悪く、貴重な日本滞在をもっさりした頭で台無しにした。

デパスを断薬してから今回が初めての長期旅行だったから心配したけど、幸いなことに杞憂に終わった。

ところが16連休を終え、シンガポールで仕事に戻ったら途端に調子が悪くなった。脳に綿を詰められたような異物感。睡眠の質も悪いし、チック症っぽい首を振りたい衝動もある。

落ち着いていたチック症が断酒によって再発した
チック症をご存知だろうか。Wikipediaなどで客観的な定義をみると、ざっくり「身体の一部を何度も速く動かし続ける症状」ってな風に書いてあ...

なんとなくドーパミンがちゃんと出てない系の不調だ。

この感覚ってデパス減薬・断薬してたときと似ている。断薬して3ヶ月くらいなのでデパスは直接関係ないのは明らかだけど、ここからちょっとした気付きを得た。



長期休暇でストレス耐性が無くなった

僕はADHDっぽいので、職場でデスクにおとなしく座っていると最強にイライラする。考え事するフリしてオフィスをうろうろしたり貧乏揺すりをしてバランスを取っているけど、やりすぎると上司に目をつけられるので限度がある。

人はストレスにある程度慣れる。

社会人になった時はデスクで17時まで過ごすのが途方もない苦労だったけど、今では定期的に立ち歩きつつ、さほどの苦痛もない。

ところがバケーションで16連休する間、この「座り慣れ」が解けてしまった。

連休中はとにかく人に会いまくり、飛行機まで使って日本中を動き回った。行きたい時に、行きたい場所に行って、やりたいことが出来る。まさにゴールデンタイムだったわけだ。なのでシンガポールに戻りデスクに座ると、ものの3分で動きたい衝動に負けた。

明らかに多動を抑えられなくなっている。シンガポールに戻って2日。無理して自分をデスクに縛り付けているストレスとの戦いで全然仕事が出来ていない。



抗精神病薬の断薬・減薬に失敗する原因

まぁ今回はデパスに頼らなくても、しばらくすればまたジッと座っていることに耐性がついてくるんだろう。でもこの耐えるべきストレスに慣れていく過程と、その慣れを継続するので脳内物質が乱れるのだと思う。

そうすると睡眠の質が下がったり抑うつ状態になる。キャパを超えた強いストレスに自分を適応させるためには、抗精神病薬に頼る必要があるかもしれない。それでも、ストレスと慣れの間で一定のバランスを保てる状態にいずれは落ち着く。

これが日常ってやつだ。

日々体調不良との戦いである発達障害にとって、日常生活はこうした紙一重の微妙なバランスでかろうじて維持されている。

それなのに日常の微妙なバランスを支える重要な柱の1つ、デパスを減らしたり止めてしまうと、支えられていたバランスがもろくも瓦解して日常生活が送れなくなってしまう。

これが抗精神病薬の断薬・減薬に失敗する原因だと思う。

抗精神病薬の減薬は生活ストレスをあらかじめ減らしてから

これまで幾度となくデパス断薬に失敗してきたのは、かかるストレスはそのままで、日常のバランスを支えているデパスを先に断ったからだろう。そして今年断薬に成功したのは、支えなければいけない生活ストレスをあらかじめ充分減らしてから減薬を始めたからだ。

デパスで支えなければ耐えられないストレスが元々少なかったので、デパスが減ってもバランスを保てたのだ。

従って、よく日本の精神科医がやらかす「状態が安定しているから抗精神病薬を減らしましょう」ってのは愚の骨頂だ。抗精神病薬によって状態が安定しているのだから、減らせばバランスが崩れる。これで僕は幾度となく苦しみ、自己嫌悪だけが残った。

精神科医憎し。

結局、現状に耐える努力は虚しく無意味ってことだ。どうせ頑張るなら、人生を具体的に改善する方向で体力を使いたい。

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日本人社会では考え方や行動の個性が強いと「普通」の波に乗って生活できず「社会の常識」に潰される。これを「大衆圧力」と呼びたい。英語だとpop...

例えば僕の場合は、住む国を変えて満員電車を回避し、薄給だけどユルユルな会社に転職して仕事のストレスを極限まで抑えた。そのために英語を身につけるのは大変だったし、年収も下がった。まぁシンガポールの税金がめっちゃ安いために可処分所得は日本より高いんだけどね。

そういうリスクや不利益を被ったとしても、具体的に生活ストレスを減らしてからじゃないと、抗精神病薬の減薬は難しいと思った。