インド南東の大都市チェンナイでの思い出

この街は視界が茶色い。汚染された空、砂埃が舞う道路、行き交うタミル系の人々もチョコレート色の肌をしている。

ここはインド南部の大都市、チェンナイの砂浜だ。僕のとなりで金髪のオーストラリア人、Feebeeがケタケタ笑っている。

今朝、宿の向かいの屋台で、1杯25円の茶色いマサラチャイを飲みながら、この街は視界が茶色で塗りつぶされてうんざりだって話になった。するとLonely Planetを読んでいた彼女が、近所にビーチがあるらしいから行ってみようと言い出したのだ。

ところが実際着いてみると、そのビーチも茶色かったというオチ。

雑巾をしぼったような濁った波しぶきと、汚染された空。そしてそれを呆然と見つめるチョコレート色のタミル系の人たち。

驚いたことに数人の無邪気な少年たちを除き、ほとんどの人は海に入ろうとしない。何千という人々がただ浜辺に突っ立って海を見ている。汚濁したガンジス川で沐浴するステレオタイプな写真の刷り込みで、水に入ろうとしないインド人というのは異様に感じた。

インドでは衛生的な清潔・不潔が、宗教的な浄・不浄の概念に置き換わっている。後で英語の通じるインド人に教えてもらったところによると、川の水はどんなに濁っていても宗教的に聖浄、海の水はどんなに透き通っていても不浄なんだそうな。だから海まで来ても海水に肌をさらさないのだと。

この日はインドの祝日だったと記憶している。だけど結局、彼らが不浄な砂浜に突っ立っていることに何か文化的な意味があるのかはわからなかった。もしかすると、祝日を利用して内陸部に住む人達が海を見に来ていたのかもしれない。水平線のはるか向こうには、お隣の島国スリランカがある(もちろん見えない)。

その帰り道、刺すような直射日光を避けながら赤茶けた通りを歩いていると、僕らは背後に気配を感じた。

50歳くらいでひどく痩せた禿頭のおっさんが、マッチ棒のように立っていた。

この手合いは、外国人をみると脊髄反射でアレくれコレくれといってくる「兼業物乞い」だろう。おそらく身分の低いカーストで、運命に割り当てられた食うに足りない仕事はある。だけど貧しさから外国人相手に物乞いもするのだ。

どうやらFeebeeにタバコをくれと言っている。

僕は彼女の腕を掴んで足早に歩き始めた。「アタシは1本あげてもいいと思うけど」とか言ってるが冗談じゃない。紙巻きタバコに見えるけど、Feebeeが吸っているのはマリファナだ。

トラブルは避けたい。違法な国では徹底的に罰せられるのに、オーストラリア人はマリファナについて認識が甘くて時々面食らう。

兼業物乞いだったおっさんは、いつしか攻勢物乞いに変貌していた。「傲慢な外国人からタバコを絶対にせしめてやる」という闘志をみなぎらせ、ギラギラした目つきで執拗に尾行してくる。彼のような意地汚い物乞いは、徹底的に無視するに限る。

ちょうど良く、道すがらの空き地でクリケットの少年リーグが試合をやっていた。そこで、フィリピンのサリサリストアを思わせる掘っ立て小屋の商店でビールを2本買って、おっさんを無視し、僕らは木陰でクリケットを観戦することにした。

クリケットというのは日本では全く馴染みがないスポーツだ。野球に似ているのだけど、カモノハシのクチバシみたいな平べったいバットを使い、大きめの球をワンバウンドさせてから打つ。

Feebeeいわく、コモンウェルスの国々ではサッカー並に人気があって、オーストラリアにもリーグがあるのだとか。コモンウェルスとは、エリザベス女王を国家元首とする旧英国植民地の国々だ。その中でもインドはクリケットの強豪だそう。

とか言っときながら、彼女は全然クリケットのルールを知らなかった。もちろん僕も知らない。ボールは跳ね、少年たちは走る。それでも肝心のルールがわからないんじゃ盛り上がりようもない。木陰とはいえ灼熱のインドでは、ビールが一瞬でぬるくなる。速いペースで飲み干し、宿屋に戻ることにした。

おっさんはいつの間にか立ち去っていた。

僕らが泊まっている宿屋は外国人専用を謳っている。前の宿で嫌な思いをしてここに移動してきたのだけど、宿泊客はまばらで明らかにインド人従業員の方が多い。

インド人はみんな英語に堪能で99×99まで諳んじるというのは、血みどろに真っ赤な嘘である。言い出したヤツを唐辛子責めにしてからガンジス川に沈めてミジンコの輪廻に組み入れるべきだ。

なのでインドに10日もいれば、常識的で意思疎通できる相手を渇望するようになる。ちょうどそんな頃に宿屋でFeebeeに出会って、一緒に出かける仲になった。

彼女は流しの公認会計士で、いわゆるノマドだ。クラウドソーシングで契約している会計業務をオンラインでこなせば、世界のどこに居てもいいという。うらやましい。

ところが、昼間は明るく元気なFeebeeだけど、日が暮れてくると口数が減り、典型的なメンヘラちゃんに豹変する。Wifiがつながらないと僕の部屋に強引に入ってきて、マリファナをくゆらせながら会計ソフトと格闘を始める。停電だからどこの部屋でもWifiは死んでるんだけどね。

そんでいい感じに酔っ払うと、白人にしては控えめな胸を僕に押し付けて絶望的なことをお経のようにささやく。手首のリスカ痕が生々しい。

類は友を呼ぶとは良く言ったもんで、自分が心を病んでいると同類が集まってくる。もうダメだ。そういうメンヘラなノリも、茶色いこの街も、何もかもウンザリした。

一箇所に留まるとろくなことがない。

その時、なぜだか突然タージマハルを見てみたくなった。全てが茶色いこのインドで、異端なまでの白亜。あの白い墓標を見れば、ここまで散々なインドの旅が好転するかもしれない。

奇跡的に買えたアグラ行きの切符を握りしめ、僕は長距離列車に飛び乗った。

コメント

  1. Hazuki より:

    初めまして。チェンナイ旅行を検討しており、記事読ませていただきました。
    インド、滞在中は早く帰りたいって思うのですが、ついまたインド旅行を計画している自分がいます。アグラの記事もたのしみにしています。Twitterもフォローさせていただきました♪

    • @_1_9_ より:

      Hazukiさん、コメントありがとうございます(=^・・^=)
      Twitterフォロバ済みです。
      インド放浪記はブログのネタに詰まった時に不定期で上げていきますのでご期待ください。
      不良OLブログも定期的にチェックしますね☆