シンガポール人が語らない3民族同居HDBでのドタバタ劇

今はインターネットが発達しているので、海外で職を見つけるとしてもメールで書類選考、最終面接まではSkypeだったりする。

お手軽なもんだ。

まぁそうは言っても自分が最後まで引っかかる事は無いだろうと、悲観的に捉えガチなのが日本人。それでも人生のいたずらで僕の様なダラリーマンが最終面接まで残ってしまうこともある。

そうすると実際にシンガポールに住む可能性が見えてきて、異国の日常生活ってどんななんだろうとGoogle先生に泣きつく。

すると出るわ出るわの駐妻グルメブログ。

海外生活ブログを運営している僕が言うのもなんだけど、現地の空気を正確に読めない外国人による「よくわかんないけどなんか上手くいった情報」をあまりアテにしていない。あくまで僕が欲しいのは、外国人を受け入れる側、外国人に家を貸す側、外国人相手に商売している側の、現地の人達による発信だ。

ところがシンガポールの臨場感ある生々しい生活情報は、現状シンガポール人によってあまり発信されていない。

結局、シンガポール政府のサイト(わかりやすい)や、Wikipediaなんかで客観的な情報を繋ぎ合わせて、全体像を掴んでいくことになる。



インスタ自撮りにハマるわけ

シンガポール人は自分の何気ない日常を、取るに足らないと思っているフシがある。

シンガポール生活を1番深く知っているはずのシンガポール人たちは、自分たちの日常生活について文章で発信することにとても消極的だ。

いつも面白い日常のドタバタを話してくれるシンガポール人の友達たちに、事あるごとにブログの執筆を勧めているんだけど、毎回断られてしまう。

彼ら曰く、自分の日常など何も面白くないらしい。

しかも誰をブログに誘っても断り方がみんな一緒で、僕からしたらもうそれだけで充分面白い。

まず、平凡な日常でネタがない。その後で、文章が苦手で文法とかよくわからんし、なにせ卒業試験の英語の成績がこんなに散々で…みたいな。ほんと、台本があるんじゃないかと疑うほどに、老若男女、民族問わず、最終的には学校の語学の成績を持ち出す。

それでも、人間だもの。自己顕示欲がある。

そりゃインスタントに自己顕示欲を満たせるInstagramにハマるわけだ。でもインスタだってちゃんと運営すれば結構大変だから、結局自撮りとご飯写真に落ち着く。判を押したように。



それなら僕が代わりに書いてやる笑

じゃあ、シンガポール人の日常が実際つまらないかと言うと、全然そんなことない。

シンガポール国民の多くはHDBと呼ばれる高層アパートに住んでいる。日本で言えば分譲の公団住宅なんだけど、民族の分断を避けるため、政府によって中華・マレー・インドというキャラの濃い3民族が均一に混ざるように部屋を割り当てられている。

一度HDBを買ったら死ぬまでそこで暮らすことになるのに、何階のどこに住むのか政府の判断に委ねるというのがそもそもヤバい。そんなわけでコテコテに個性的な3民族が高密度に詰め込まれたHDBで、トラブルが起きないわけがない。

移民1世と2世の違い

HDBに住んでいる中華系シンガポール人の友達がいる。彼のお隣さんはインド系シンガポール人家族だ。

住民が一斉に高齢化して、孤独死が問題になっている東京郊外の多摩ニュータウン。それと同じようにHDBの住民も同じような家族構成になっていることが多い。ただ日本に比べて土地が少ないシンガポールでは、住宅が貴重なために価格が下落し難く、不動産は確実に子孫に引き継がれ、老人が孤独死するような事は少ないように感じる。

そんなわけで、アラサーの僕の友達とその両親と言う家族構成は、お隣さんであるインド系シンガポール人家族とほとんど同じ。ただ未婚の僕の友達に対し、インド系家族には孫が1人いる。3世代同居と言うわけだ。

僕の友人の悩みは、この60過ぎのインド系お爺ちゃんが、毎夜日付を回る頃になると祖国インドに大声で電話をかけること。おそらくインドとの時差の関係で毎晩同じ時間になっていると思われる。

インド人と言うのは家族を大切にするけれど、それ以外の人たちは意に介さないところがある。そこで寝静まった家族を起こさないようにベランダに出て、大声で祖国のお母ちゃんに電話をする。家族を起こさないと言う意識はあるのに、ご近所さんの迷惑は一切意識に登らないのがザ・インド人という感じがする。

そう、彼はインドで生まれ育ち、シンガポールにやってきた移民一世なのだ。だから彼のメンタリティは、シンガポール人と言うよりもインドに住んでいるインド人のほうに近いのかもしれない。

ところが、移民2世であるインド系の息子さんは、完全にシンガポールで生まれ育ったシンガポール人だ。だからメンタリティーもシンガポール人であり、僕の友人はもう20年くらい隣に住んでいるけれど、彼とトラブルになった事はないと言う。

移民1世と2世の違いがハッキリ出ている出来事で僕はとても興味深かった。あと、政府に割り当てられたHDBのお隣さんは、死ぬまでお隣さんなわけだから、不満があっても直接的に抗議せずトラブルを回避する。

不満があってもひたすら耐え忍ぶしかないシンガポール人の息苦しさも伝わってきた。

3民族の個性が現れた出来事

ある朝、僕の中華系友人が、お隣のインド系2世氏と、家のエレベーターの前でバッタリ鉢合わせた。

何気ない会話をしながら、なかなか来ない高層アパートのエレベーターを待っていたんだけど、いざエレベーターのドアが開くと、そこにはオムツをはいた四つん這いの赤ちゃんが1人でポツンと乗っていた。

外見からマレー系の赤ちゃんと思われる。

マレー系シンガポール人は一般的に子だくさんだ。ちょっと楽観的な民族性で、子供をぽんぽこ産んでそこら辺に放っておけば勝手に成長すると思っているフシがある。実際に、3民族の中でマレー系は1番学歴が低く、平均収入も1番低い。それでも側から見ると1番幸せそうなのがマレー系だったりするので、この世は皮肉だ。

さて、エレベーターで迷子の赤ん坊を目の前にして、中華系の僕の友達は正直めんどくさいことになったと感じたという。でもインド系2世氏は、迷うことなく赤ちゃんを抱きかかえ、積極的にお母さんを探し始めた。

ほったらかしにすることもできず、僕の友達は彼の後についてお母さん探しに加わった。これで仕事に遅刻することは確実だ。

結局ほどなくお母さんは見つかったんだけれど、彼女は自分の赤ちゃんがハイハイでエレベーターに乗って、上の階で迷子になっていたことに気づいてすらいなかった。

イージーゴーイングなマレー、義理堅く子宝を大切にするインド、家族を大切にしながらも個人主義な側面を持つ中華。

シンガポールを構成するコテコテ3民族の個性が、とても際立った出来事のように感じた。

サヤン・シンガポール

僕が知りたいのは、こういう極々普通のシンガポール人たちが、どういう日常送り、どういうところで感情を動かされるのかってことだ。

実はそういうコンテンツが既にあるには、ある。

まさにHDBでの出来事を綴った「サヤン・シンガポール」。もともとはマレー系シンガポール人により英語で書かれ、出版後すぐに日本語にも翻訳された。

ところがこれが全く面白くない。ってか意味がわからない。

あまりにも文章が稚拙すぎて、登場人物が何人いるのか、そのうち誰のセリフなのか、一体どういう場所でこの会話が繰り広げられているのか、そういうレベルで意味がわからない。僕の英語力がダメなせいなのだと思い、日本語版も読んだけど、結局同じところで意味不明だった。

トピックにしても、シンガポールでは違法な男性間の同性愛みたいな、かなり困難な題材に切り込もうとして、盛大にズッコケた感じ。

それでも、シンガポールで生まれ育った人が日常生活を文字で綴ろうとしたことは、僕にとってとても刺激的だった。Instagramの自撮りよりは読んでいてワクワクした。

少しでもシンガポール人による情報発信が活発になれば楽しいだろうと思うので、これからも周りの人たちをブログに誘い続けるつもりだ。