海外大都市のお独り様空間で気楽に生きる

ADHDに加えてASD(自閉症スペクトラム)も併発している疑惑が出た先週なわけだけど、いやホントに独りでいると癒されるんだコレが。「自分を閉じる症状」とはよく言ったもんだ。

ブログ仲間のJessica嬢や、台湾系フィリピン人のテニス仲間氏など、よく会う人達の週末の過ごし方を見ていると、我ながらもっと人に会ったほうがいいんじゃないかなとか不安になるほど。まぁ会わないんだけどね笑

独りで何をしてるかというと、いろいろだ。

ブログ書いて、読書して、Udemyで機械学習とWebデザインの講義を受けて、中国語の単語覚えて、ピアノ練習して、筋トレして、テニスの練習に出かけて、洗濯して、ユニクロでパンツ買って、晩飯こしらえてビール飲んだらもう夜。それでストレッチしてると程なく眠くなるので店仕舞いと。

昨日はこんな感じだった。

集中力がない僕は15分くらいで興味の対象がコロコロ変わる。それに争わず、心ゆくまで衝動のままに行動するのが幸せ。暇を持て余すとかないし、寂しいとも感じない。

そんな僕が普段意識している事は2つ。

1つ目は心配事をおカネに集約すること。2つ目は誰にも頼らず1人で質素に生きること。

今日はこれについて書こう。

おカネの心配だけで良い

この世には不安になることが多すぎる。

地震と原発事故を発端に政治不安や自然災害を過剰に心配したり、自分や家族の健康、先が見えない将来の展望、それに加え毎日の人間関係や、もちろん仕事や収入の不安もある。

これではどう考えても疲れてしまう。

でも丸5年シンガポールに住み、7月に日本に帰国し、今月タイのバンコクでバケーションを過ごしてみて確信した。

大きな街は世界中どこでも、おカネと健康さえあれば全てマルっとどうにかなるようにできている。

残念ながら地方都市はこの限りではない。人の密度が希薄になればなるほど、地域の人たちとの信頼関係や協力が、生きるために必要になってくる。だから僕にとって田舎はダルい。

でも逆に人口密度が高い場所では、そういっためんどくさい人間関係や「しがらみ」を完全に排除して、おカネで買えるサービスで全て解決するような人生も可能だ。

それはいわば究極のお独り様ライフ。

場所・モノ・人間関係に縛られない質素な生活

お金と健康さえあれば、都会でやんごとなき生活ができる。そしてお独り様空間は、世界中に広がってる。

そんな日常生活をお金で解決するような生き方にシフトするには、あらゆるものへ執着するのを止めることが不可欠。

いくら悩んでも自分の理想のカタチに周りの人や社会を変えていく事はこの複雑な現代では不可能だ。だから悩みを無くす必殺技は、嫌な場所・嫌なもの・嫌な人から徹底的に逃げること。

生まれ育った地元に執着していると、そこで問題が発生したときに次の街へ移っていくのは困難になる。高級家具に囲まれていないと幸せを感じられないとなると、気軽に引っ越すことができなくなる。今いる人たちと一緒じゃないと不安でならないとなると、新しい環境に身をおくことが辛くなる。

このように場所・もの・人間関係は自分を物理的に束縛する。束縛があると悩みが発生したときにそこから逃げることがどんどん難しくなる。

場所・もの・人間関係への執着から自分を解放することが大切だ。それでこれを実践すると、自ずと質素な生活に落ち着く。

「ミニマリズム」って本来モノへの執着をなくして充実した生活をしよう!みたいなノリなのに、いつの間にか、こだわりの一品に囲まれた生活をしよう!...

そんなわけで

今日も東南アジアの経済首都シンガポールで、朝から盛大にビールを飲みながら引きこもっている。なんという深い癒しの時間だろうか。

ブログを書けたし、読書も進んだし、知っている中国語の単語も増えた。日が沈んで涼しくなったら今夜もテニスの練習に行こう。とても充実。

それもこれも、僕が場所・もの・人間関係に執着していないから実現している。

もしシンガポールが嫌になったら別の国の別の街に引っ越せばいいし、欲しいモノはないし、気に入らない人とは絶対に会わない自由がある。

ここまで人生を身軽にすると、もう世界の大きな街であればどこでも生きていける確信を持てる。

もし今いる場所でウンザリしているなら、今日から気ままな自由な人生にシフトしてみてはいかがでしょう。