ホーカー屋台で成功した中国人シェフがシンガポールを去るまでの出来事



シンガポールに住むとお気に入りホーカー屋台ができる。

仕事上がりにビールを買って、晩御飯に思いを巡らす。そんな時に思い出す店だ。

ホステルの管理人としてシンガポールに住み始めた当初、この国の飯の美味さに感動したのをよく覚えている。でも実は種も仕掛けもあって、ほとんどのご飯がジャンクフードなんだよね。

日本食ならラーメン、カレー、焼きそばって感じの、お子様が喜びそうなハッキリ味の料理ばかり。

だから最初のうちは魅了されるんだけど、しばらくすると、具体的には風邪をひいた時に、濃い味付けの油っぽい炭水化物しかないシンガポールの外食環境に絶望する。

実際、糖尿病で脚を切断してた人を街でよく見かける。ホーカー飯を長期的に食べ続けるのはヤバいんだと思う。

シンガポールのホーカー料理は健康に悪い?
シンガポールには経済飯と呼ばれる、日本で言えば丼物にあたるお手軽料理がある。ご飯を盛って、乗っけるおかずを選んで、汁をぶっかけて300円って...

まぁそんなことはどうでもいいとして。

当時、僕には行きつけの本格中華の屋台があった。無口で職人基質な旦那さんと、逆に愛想の良い気さくな奥さんが切り盛りするアットホームな店。子供2人が店の周りをチョロチョロし、もうじき3人目が産まれるという。

景気の良い話だ。

でもそれから5年経った今、この店はもうない。ご夫婦は店を畳み、中国に帰ってしまった。

今日は彼らが商売を諦めた経緯を書く。



商売上手な成都くん

僕は他人が料理しているところを見るのが好きだ。だからいつも旦那さんが中華鍋を振い、チャーハンの米粒が規則正しく宙に舞うのを眺めていた。

毎回おなじピリ辛チャーハンばかり頼む日本人ということで、旦那さんも程なく僕の顔を覚えてくれ、二言三言言葉を交わすようになった。なお、気さくな奥さんはイマイチ英語が出来ない。

同じ料理を食べ続けてしまう
気付けば同じものばかり食べている。「今日なに食べようかな」みたいな思考プロセスがすっぽ抜けて、毎日同じ店で同じものを注文してしまう。そんな食...

彼らは四川省からやってきた移民1世。だから旦那さんをこっそり「成都くん」と呼んでいた。

成都くんは推定年齢40歳。ひょろ長い長身で、お腹だけポッコリ出ている。彼の作る四川料理は本当に美味しく、昼時は店の前に行列が出来るほど。

商才もあって当時から大口の法人向けに宅配サービスをしていた。個別に届けるなら割にあわないけど、何十食も毎日買ってくれるならオフィスまで届けるのは美味しいビジネスだ。

そう、彼はホーカーの料理人なのにクルマを持っていた。

トヨタのクラウンが1000万円するシンガポールで、クルマは成功の証。

3K労働としてシンガポール人に忌み嫌われるホーカーの仕事。それでも腕があればホーカーで平凡なサラリーマンよりガッツリ稼げることを成都くんは身をもって示していた。

進撃のチェーン店

ホーカーご飯は量が少ない。しかも毎年どんどん減ってる気がする。学生食堂でオバちゃんがご飯を計量しながら盛ってくるあの感じ。米はガッツリ盛ってくれよ!あと、久しぶりに行くと具が貧相になってたり。むき海老がカマボコ、ホタテがカニカマに…。

そんなわけで、確かにホーカーの屋台メシは安いんだけど、どこか満たされない思いで食事を終えることになる。

ところが成都くんの店は違う。

彼の料理からは「必ず満足させてやるぜ」という心意気が伝わってくる。ちょっと割高ながら何を注文してもガッツリ盛られてくるし、具も豪華。縦に割ったデカいエビがドーン!って感じ。彼の店に行くと、ただの満腹感以上に満たされた気分になれる。

そんな折、成都くんの店が入っているホーカーセンターでちょっとした変化があった。

大手の屋台チェーンが空いているスペースに入ってきたのだ。屋台チェーンというのは馴染みが無いと思うけど、牛丼屋がホーカーセンターにテナントとして入ってきた感じ。

チェーン店は資力があるので、個人経営の弱小屋台を次々と駆逐し勢力を拡大。ついにホーカーセンターの半分のストールを占めるまでになった。

とりあえずモノは試し。新しい屋台がオープンする度に試したけど、美味しくないしケチ臭い。お持ち帰りにすると、容器代のぶんだけメシの量を減らしてくる勢い。同じものを2つ頼んでこれを検証する動画まで作られた。

そんなわけで成都くんの店に満たれない腹減りさんが殺到。以前よりむしろ繁盛するようになった。

変化を恐れないシンガポール

ある日、僕がいつものようにピリ辛チャーハンを作る成都くんを眺めていると、珍しく奥さんが話しかけてきた。よくわからないけど「今までありがとう」的なことを言っている。

どういうこと?

成都くんがチャーハンを山盛り盛った皿を僕に手渡しながら「実は中国に帰ることにした」と。

この日、初めてシンガポールのダークサイドを見た。

成都くんは多くを語らなかったのでわからない。でもその後の動きを総合して考えるにこういうことだ。

集中出店したのに成都くんに客を取られて、チェーン店側は激怒した。そこでホーカーセンターのオーナーに設備の改装を持ちかけた。そしてリニューアル後はチェーン店が運営を仕切り、大幅に家賃を釣り上げる。こうなると資力に劣る個人店は立ち行かない。個人店は駆逐され、ホーカーセンターは丸ごとチェーンに乗っ取られる。

汚い。卑怯にも程がある。

こうして、個性的な店がたくさんあった昔ながらのホーカーセンターは、程なくしてチェーンばかりが入る味気ないフードコートとしてリニューアルオープンした。

僕が更にムカついたのは、意に介さないシンガポール友人たちの反応である。

「キレイになった方が衛生的でいい」 「前はゴキブリとネズミが運動会だったしね」

見た目がキレイになっても衛生的とは限らないし、食料があればゴキブリもネズミも出る。魅力的な店がまた1つ失われたことに何も感じないのか。

「これがシンガポールなのさ」

グローバル化の波に飲まれ、昔ながらの伝統が急速に失われている。グチャグチャ議論して結局旧態然のまま停滞する日本で育ったので、それが良いのか悪いのか僕は判断できない。

でもとりあえず、シンガポールとはこういう国である。