発達障害が恋愛で陥りやすい共依存について当事者目線で語る

「え、じゃあ芸能人なら誰が好み?」

僕が困る質問ベスト5に入るコレ。正直この質問は精神的ダメージがデカい。贔屓のセクシー女優の名前を挙げてお茶を濁すものの、やっぱり僕は普通と違うんだなぁと確信させられる瞬間だ。

確かに良いと思う女性の顔やスタイルはあるものの、それを基準にして交際相手を選んだことは無い。それが世間一般の性愛関係と違うのだと気付くまで、あまりに長い時間がかかった。その間に傷つけてしまった女性も少なくなく、贖罪の気持ちでいっぱいだ。

そして最終的に、自分には世間一般に言われるような「異性に対する愛情」が存在しないのだと気づいた時の絶望感。それもこれも、僕の愛情らしき概念が「共依存」という病的な感情に置き換わってしまっていることが原因だ。

「寂しい」「孤独だ」「誰と何をしても満たされない」

こんな心にぽっかり空いた穴を埋めるために、僕は恋愛感情を利用してきたに過ぎない。交際相手を愛せず、自分の寂しさを埋めるために利用する。あまりに醜い性愛観である。

今日は発達障害が恋愛関係で陥りやすい「共依存」について語る。



共依存は共依存を引き寄せる

貧乏でイケメンでもない僕だけど、今までの人生でそれなりに異性とお付き合いするチャンスに恵まれてきた。

もちろん運が良かったとかじゃなく、タネも仕掛けもある。

僕には共依存の気がある女性を嗅ぎ分ける特別な臭覚がある。おそらくその気がある女性にも同じような男性の探知能力があるのだろう。だから探知した女性に自分からアプローチすることもあるし、ピンポイントで適切なヒントを出し相手から探知してもらうこともある。

これが共依存同士にだけ通用する、特殊な「性愛の駆け引き」だ。

上手くいったら次に相手の心の隙間に入り込む。この方法も慣れたものだ。心の隙間、寂しさや虚無感を満たすように「見せかけて」相手の気を引く方法を、なぜだか知らないけど本能的に知っている。そして相手もおそらく「共依存的な方法」で心の隙間に入り込まれることを「愛情を受けた」と本能的に錯覚してしまう。

こんな風に二人の歪んだ本能のプロセスがバチバチっとハマっていく過程は、共依存当事者にしかわからない高揚感を与えてくれる。この高揚感には強い中毒性があって、恋愛依存になる人がいるのは大いに納得できる。

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信頼関係をぶっ壊して再利用

共依存の情熱的なプロセスがバチバチっとハマり切ったらどうなるのだろう。一見、心の隙間を埋め合えたのだから、安定期に入りそうである。

でも残念ながら違う。

あくまで心の隙間を埋める「過程」でしか高揚感を味わえないのが共依存関係。この過程が一段落すると、再び心の隙間が疼き始める。

そしてここからが共依存が病的である所以である。

もう一度高揚感を味わうには、単純に信頼関係をぶっ壊して最初からやり直せば良いんだ。このぶっ壊し方はカップルによって違う。よく聞くのは暴力を振るったり、浮気したり、連絡を絶ったり、ギャンブルで借金したり。なんでも良いから信頼関係が壊れる様なことをしでかす。

そうすると、またゼロから(マイナスから)心の傷を埋め合う情熱的なプロセスをやり直すことができるんだ。

暴力を振るう男ばかり、浮気性の女性ばかりに引っかかる人がたまにいる。一見被害者っぽく見える方も、実は共依存という意味で当事者の可能性がある。相手に信頼を壊されて心の隙間を空っぽにし、しばらくして更生した相手に優しくされて埋め直す。

この高揚感無しでは生きられないくらいに依存しているのだ。

共依存の相手は入れ替え可能

つまり共依存の高揚感で麻薬的なゲームを楽しんでるだけで、何度ぶっ壊して何度埋め直しても、リセットボタンを連打しているに過ぎない。これじゃ二人の関係が深まっていくことなどない。共依存の恋愛は、心身共に傷つき、日常生活が破綻するまでのデスマッチだ。

本来、恋愛とは一時の燃え上がりではなく、継続的に安定した関係を結ぶことで深い安らぎを与えてくれるものだろう。共依存はその真逆であり、そもそも愛情ですら無い。

大体において、その人じゃなきゃダメな理由すら無いんだ。

同じような高揚感を味わえる共依存気質の異性はいくらでもいる。だからこの度重なる裏切りで修復出来ないほどに関係が壊れてしまうと、あっさり捨てて新しい関係を探し始める。共依存の相手は、麻薬的なゲームを楽しむための入れ替え可能なプレーヤーでしかない。

共依存とは高揚感を味わうための病的な「装置」だから、その関係は機能を果たさなくなった時点で使い捨てになる運命だ。

「無償の愛」を求め彷徨う

興味深いことに、人生を振り返ると僕が交際した女性たちは発達障害っぽい人が多かった。絶望的に片付けられない。ネット通販依存。アルコール依存。仕事が続かない。延々と自分の話を繰り返す。サンプル数が少ないとはいえ、やっぱり発達障害は共依存に陥りやすいと僕は確信している。

幼少期に母親に甘え切れず「無償の愛」を経験できないと共依存になるという説がある。つまり後天的だ。一方、発達障害は生まれつきの脳の構造によると言われる。

これは矛盾している。

共依存も発達障害も、医学的に原因がはっきりしていない以上、根本的解決策がない。

もう恋なんてしない。これが、もう誰も傷つけないための、僕が出した寂しい対処法である。