高速なシンガポールでゆっくり生きる

Apple Watchを買ってからというもの、兎にも角にもActivityの輪っかを閉じないことには悔しくて眠れない子になってしまった。とは言え毎日走ったりテニスしたりはダルいし続かない。そして僕は酒飲みだ。酒を飲んでからが人生だと思っている。なんとか酒を飲みながら運動する方法はないだろうか。

散歩にハマる

ある。散歩だ。散歩ならビール片手でも出来るし、なによりビールはそこら辺で売っている。いつでもどこでも完璧なコンディション(ほろ酔い)でお手軽に出来る。そしていちばん重要なことだが、1時間も歩けば1日の運動目標が達成できる。

シンガポールのウォーカビリティは高い。街の歩きやすさをWalkabilityっていうらしい。日本の街もそれなりにいい感じだけど、歩道がなかったり自転車のマナーが悪いのでシンガポールには劣る。ここは緑も多いし、歩道がめっちゃ整備されているので歩いてて楽しい。

そんなわけで最近は仕事上がりに昔ながらの雑貨屋でビールを買って飲みながら1駅分歩くことにしている。僕の会社はマレーシア国境に近いシンガポールの辺境にある。だから日本人が観光でうろちょろするエリアとはレベルが違うほど駅間が長い。同僚からは完全に狂人扱いだ。でもそれでいい。線路の高架沿いを歩いていると、電車やクルマに追い越される。これが僕には早すぎる社会の流れから「おりている時間」を感じさせてくれる。

意識して社会からおりている時間を持つ

無職というかたちで社会のレールから完全に降りるのは、それはそれで大変だった。今はお気楽会社員だから安定収入もある。でも社会のレールに1日中のっているのは疲れる。会社が終わっても、ジムに行ったり友達とあったり結局社会と何らかのかたちで関わり続ける。それが気分転換になればいいのだけど、僕はこういう活動的な余暇でも疲れてしまう。社会とのつながりを可能な限り断って「おりている時間」を持つことがリフレッシュなのだ。

とはいえ意識して具体的に工夫しないと「おりている時間」を持つことはできない。一番の弊害はスマホだ。どうでもいい内容の通知でも、その一つ一つのは知っている人間につながっている。その名前を画面で数分おきに見るだけで不毛な社会的つながりにより疲れる。

スマホを家に置きっぱなしにすることが「おりている時間」への近道だ。こんな僕でも友達はいるし、彼らと遊ぶことだってある。じゃあスマホ無しで待ち合わせはどうするんだというと、あらかじめルールを決めておくのだ。「お互い30分待って来なかったら今日の予定はキャンセルだ。そうなっても別に怒らないし、次回に持ち越すだけさ」こんな感じの会話を予めしておく。一昔前まで人々はこうして待ち合わせていたわけで、これも狂人扱いされるけど特段不便を感じない。

そんなわけで

FacebookやTwitterの良いね!の数で安易な承認欲求を満たすのではなく、目標を持って体を動かし、意識して誰ともつながっていない時間を持つと、とてもリラックスすることができるんだぜ。