人生追い詰められてもお手軽に生まれ変われる。物理的に死ぬのは無駄。

生きてるのがツラいことってけっこうある。

日本で働いていた時は月曜日の朝とか出勤するくらいなら死んだほうが楽なんじゃないかとか思ったもんだ。あのまま日本にしがみついていたら2017年に僕は存在していないだろう。シンガポールに移住してかなりラクにはなったものの、どんなカタチであれ勤労してれば消えてなくなりたい出来事の連続だ。

でも実行に移したらいけない。だって一度死んだらもう二度と死ねなくなるのだから。

死ぬってどういうことだろう

とりあえず今、この瞬間に自分がマジで死んだとしよう。首吊りでも練炭でもなんでもいい。

自分がいま死んだことによって、世界はどう変わるのだろう。何も変わらない?そんなことはない。文字通り人は独りで生きてるわけじゃない。少なくとも自分の存在を知っている人間は敵であれ友達であれ、一人はいるはずだ。深夜のコンビニの店員さんとかね。

その人達の生活から、自分という存在が消える。今この瞬間から。

まぁ、凡人の死なんて、悲しきかなこの程度だ。自分を取り巻いている面倒くさい小さな社会から、自分という存在が忽然と消える。そしてもう戻ってこない状態になる。

それが死だ。

コンビニの深夜担当のお兄さんのお客リストから僕が消えたところで別にどうってことない。もちろん世の中は何事もなかったように動いていくだろうし、コンビニのお兄さんの記憶もひと月もすれば薄れて無くなってしまうだろう。端的に言えば、死とは物理的な身体の消失以上に、自分が生きていたという「情報」の喪失である。

ってことは実際死ななくてもよくね?

某マニュアルによると首吊りはマシなやり方らしい。桐野夏生さんが描いているように練炭もよさそうだ。

でもさ、そもそも首吊りロープとか用意するのがめんどい。そもそもどこから吊り下げればいいのかわからない。カーテンレールとか外れそうだし。練炭にしてもホムセンで買って目でもつけられたら死ぬより面倒くさいことになる。もうね、死のうとか考えてる時点でいろいろ面倒くさいんだよ。なんの準備も努力もせずに、今この瞬間から死んだのと同じ状態を作れないのか。

いけるっしょ。

だって、死とは自分が生きているという情報の喪失なのだから、自分を知ってる全員の前から永久に消えればいいだけでしょ。死のうと思ってるんだ。家族だろうが親友だろうが未練はないだろ?仕事?はぁ?当面の生命維持に必要なもの(財布とケータイ?)をポッケに入れて凍えない程度の服を着て夜行バスにでも乗ればいいのさ。海辺のカフカみたいにね。

どこへ行こうか

僕は実際、2回こういう小さな死を実行に移した。そして3回目を思いとどまった夜に、この文章を書いている。

1回目は文字通り全部捨てた。仕事も人間関係も住む国さえも。

仕事を辞め、Facebookのアカウントを消し、メッセージアプリを削除して、リュックを背負って日本を出た。自分の存在を誰も知らない国で、新しい自分として新しい人格でやり直す。ピンとこないなら「カラフル」を読むといい。

2回目は、流れ着いた先のシンガポールで周りの人間関係をリセットした。知っている人を全部ブロックして、新しい自分としてやり直した。仕事と住む国は変えなかった。

僕は英語がある程度話せるから、日本を捨てても最低限生きていけるだろうという感覚があった。ただこれは僕がラッキーだったに過ぎない。そもそも飛行機高いしね。

日本を捨てる勇気が持てないなら、冬なら沖縄、夏なら北海道がおすすめだ。安い宿がたくさんあって日本語が通じる。パスポートもいらない。でもね、本音をいうと、死にたいなら日本を出るほうが効果的だと思う。物理的に後戻りできないし、「前世」の自分に対する未練を断ち切りやすい。

おすすめは新鑑真で上海だな

僕はいろいろ旅したけど、あまり海外に詳しくない日本人が人生のリセットするのにちょうどいいと思うのは大阪から船で行く上海だ。

大阪から上海まで、新鑑真号という貨物兼客船が定期的に出ている。飛行機でいきなり現地まで飛ぶのもいいけど、船で2日かけてゆっくり日本から離れていくのは「死ぬ儀式」として重要だ。出港してしばらくは瀬戸内海なのでケータイが繋がるし、船内では日本のテレビが放映されている。これが24時間後には中国の電波、中国のテレビに変わる。こういう変化を肌で感じて、いままでの自分を捨てる儀式とするのだ。

上海は文化的に近いようで遠い中国随一の街。ビザを取らなくても15日滞在できるし(2016年)、なにより中国人の外見が日本人と似ているので目立ちすぎることもない。安いホステルがたくさんあるし、飯もうまくて安い。

上海は経済首都にも関わらず、昼間からふらふらしている人がたくさんいる。特に目的もなく長期滞在している沈没日本人も多いので、中国語がわからなくても一週間くらいグダグダしていれば酒屋のおっちゃんやホステルの住人と仲良くなれる。

輪廻転生した新しい自分に相応いい新しい人間関係をつくる第一歩だ。

仕事の関係を繋ぎ直す

プライベートはなんとかなるけど、働くとなるととたんにうまくいかない人も多いと思う。僕はまさにそのタイプだ。

でも、日本でいままで上手く働けなかったからといって、労働そのものを悲観する必要はない。結局僕は放浪の末、道中仲良くなったシンガポール人から仕事をもらい、シンガポールでホステル管理人として社会復帰した。この経緯は本にまとめたので詳しくはそっちをご参照いただきたい。

要するに、今の職場でうまくいかなかったからといって、世界中の全ての仕事でうまくいかないわけじゃない。小さい島国の、たった1つや2つの適当な会社で上手く振る舞えなかったとしても、世界には200くらい国があって、それこそ万の単位で会社が存在して、ポジションの数なんて星の数ほどあろう。たった1つの失敗でその全ての可能性を否定してしまうのはあまりにもったいないだろう。

別の人間として人生をつなぎ直す

情報として死んですべてをリセットしたのだから、人間関係のみならず社会から完全に切り離された状態になる。どこの社会にも所属していない。知り合いが一人もいないし、誰も自分のことを知らない。

人間関係に疲れ果てた状態ではこの状態がとても心地よいのだけど、それも半年とか1年とかブラブラしていると社会との繋がりが欲しくなってくる。

それが潮時だ。

なにかチャンスを見つけて簡単な仕事からまた始めてみるのがいい。チャンスがないならジョブエンジンエージェントに登録して自分にも出来そうな求人を探してみよう。

もちろんビザや言葉の心配がない日本で社会復帰するのが手っ取り早いのは確かだ。でも、せっかく一旦「死んで」まで海外でリセットした新しい人生だ。そのまま海外で職が見つかれば、一度挫折した日本的な問題を回避できる可能性が高い。

海外での仕事の見つけ方は、別の記事にまとめようと思う。

追い詰められた時はお手軽に生まれ変わろう

人間関係や仕事や、住む場所なんて、こんなふうに簡単に取り替えることができる人生の部品でしかない。たかが部品交換のために、物理的に人生そのものを終わりにする必要なんてない。もうどうしようもなく追いつめられたら、壊れた部品を全部すてて、新しい人生を探しに行こう。

きっと思ったよりすぐに見つかる。