朝目覚めたとき「はて、ここはどこだっけ?」ってなる瞬間が好きだ。隣に裸の美女が寝てれば文句ないんだけど、残念ながらそういうオプションは選べない人生らしい。
同じような毎日を繰り返していると、ベッドから這い出てトイレを済ませ着替えるくらいは何も考えなくても脳が自動操縦してくれる。ところが長いこと旅をして、毎晩違う街の違う場所で眠りにつくと、次第に脳の自動操縦機能が効かなくなる。
そんな日常のルーチンワークが崩れた生活に幸福を感じる。
日常が崩壊していることを一番実感するのが目覚めた瞬間だ。見たことない天井、慣れないベッド、聞き慣れない言葉が窓の外から聞こえてくる。
はて、ここはどこだっけ?
そして昨夜の記憶を手繰り寄せ、ああ、俺は旅をしていて昨日バスでこの街にたどり着いたのだったなと思い出す。まるでしおりが挟んであるページから物語を再開するように、まったく新しい1日が始まる。
知らない街の知らない人々に混じって、知らない店で知らない食べ物を、適当に調べた片言で注文する。たいてい不味くもないけど特別美味しくもない。
そんなことを数日繰り返すと、店のオバちゃんに顔を覚えられ、必要な買い物がどこの店に売っているかわかってきて、安宿に沈没している学生と飲みに行く仲になったりする。
次第に自分の身体から根が生えてきて、街のあちこちと繋がってくる。そしてある朝目覚めると、自動操縦でトイレを済ませ、いつもの店でいつものメニューを注文している自分にハッとする。
日常に絡め取られつつある兆候だ。次の町へいこう。帰り道に長距離バスのターミナルに寄って、そこから行ける街を調べる。そそくさと荷物を詰めて、その街で最後のビールを買う。
カラフルな世界をフワフワと浮遊しながら、気まぐれにそのひとつに混じってみる。やがて馴染んで日常が始まりそうになったら、後ろ髪を引かれつつ次の町へ流れていく。そんな人生が僕の理想だ。