人の振り見て我が振り直さなくていい社会が生きやすい

人の振り見て我が振り直せ。

これは我が祖国の美徳であり、首の締め合いにも繋がる諸刃の剣。

ところがシンガポールのみならず、おそらく世界人類の9割はこの感覚を共有していない。

「静かにしろ!」と怒鳴った後で、電話ごしに更なる大声で喚き散らすおっさん。お前が一番うるせーよ。

乱暴な運転で前に割り込まれひとしきり毒付いたあとで、急ハンドルでウィンカー出さずにそのクルマを抜きにかかるタクシー運転手。サーキットでやれ。

「もっとゆっくり食べなさいよ」とか言いながら僕より先に完食する女子。チャーハンは飲み物ですか。

まぁプライベートなら多少イラッとする程度だけど、コレが仕事となると我慢ならないヤツも出てくる。日本で外国人と一緒に働いたり、自分が外国人として海外で働くと、高確率で遭遇する文化摩擦。

今日は「人の振り見て我が振り直さない人たち」について僕の考えを書く。



言いたいこと言ってるだけ

マレー系ムスリムの同僚がいる。彼女は50代のおばちゃんなんだけど、やたら仕事が細かくて、重箱の隅のどうでもいい間違いを見つけては、せっせとケチをつけてくる。

1割の作業についてだけね。

その他9割の仕事はクソいい加減で、それが元で僕が御免被ることもある。「お前が言うな!」などと文句を言い返しても喧嘩になるだけで改善は期待できない。っていうかまだ彼女の中でも結論が出ていない段階で、とりあえず喋り始めるクチ。

そもそも議論にならない。

彼女と一緒に作業する必要が発生した当初、その理不尽に激怒しない日はなかった。そりゃ速やかに「最後の審判」まで寝てて頂こうと画策したものだ。

でも最近思うのは、結局彼女は「言いたいことを言ってるだけ」なんだよね。

自分の発言で相手がどう感じるか、それによってどんな影響が出るか、それは効果的な行動だろうか。自分も同じミスをすることはないだろうか。

そんな「考慮」が思考回路に存在しない。なんて迷惑なヤツ!

…あれ(=^・・^;=)?

これっていわゆるASDとか発達障害の特徴なんじゃ?



何言われても真に受けなくていい

つまりそういうことだ。

「人の振り見て我が振り直す人」が社会の大勢を占めているから、空気が読めないASDや発達障害がマイノリティになり、社会で生きていく上で「障害」になる。

ところが「人の振りなど目もくれず好き勝手やる人」ばかりで構成される社会では、みんなで言いたいことを言い合って何も改善せずグダグダになるだけ。他人の意見なんてどうでもよくて、適当に受け流してビール飲んで忘れればいい。言った本人だって3歩歩けば忘れている。

キミはそれが言いたいフレンズなんだね!すごーい!

シンガポールで「生きやすい」と感じるのは、空気読むことを求められないのが大きい。だから相手が「自分の常識と違う行動」をしたとしても、それは相手の勝手。適当に受流せば良いんだ。

これに気付いてから、僕は生きるのがだいぶラクになった。