「おめでとう」じゃなく「うらやましい」と言われたい不幸メンタル

「四半世紀生きたけど、この先の人生をどうしよう」

そんなクオーター・ライフ・シンドロームに悩む人が増えてきた。僕の周りは若い人たちばかり。シンガポールは良くも悪くも「海外就職初心者向け」なので、三十路を過ぎると早くも老害になってしまう。

僕は日本社会に馴染めず、這い蹲って四半世紀生きた。それで鬱になってしまったので、もはや生きるか死ぬか。クオーター・ライフ・シンドロームなどと言ってる余裕がなかった。

しかも四半世紀病のトリガーになるという友達の結婚ラッシュってヤツも海外脱出で偶然回避しちゃった。まぁ三十路半ばの今や、離婚ラッシュでバカウケしてるわけだけど笑

そんなお気楽な僕も、ここへ来てマイホーム購入ラッシュに見舞われている。

30代も半ばになると周りのシンガポール人たちが次々とコンドミニアムや公団住宅を買い始める。それでハウス・ウォーミングと呼ばれる新築祝いに招かれるのだ。

国土が狭いシンガポールの不動産価格はヤバい。ワンルームマンションStudioコンドでさえ億ってるし、比較的安い公団住宅は少子化絡みの国策で結婚しないと買えない。だから三十路過ぎまで親元で我慢して暮らし、我慢を重ねて貯金し、結婚して理不尽に耐えながらやっとマイホームを買うのだ。これがシンガポール人の言う「自由」ってヤツらしい。

シンガポールで家を買うということは、日本人にとってのマイホームより相当重い意味を持つ。

そんな夢と人生の大イベントを達成した友達には、心の底から「おめでとう」と言う。長年の願いが叶ったんだ。友人として祝福する。

ところが祝福された家主は、どこか不満そう。

うん、知ってる。この感覚。

日本で当時の友達がパラパラと結婚し始めた頃は、あまりにも空気が読めず気の所為だと思っていた。だけどシンガポール人はわかりやすいので、お陰で長年の違和感が解けた。



武勇伝を語りたい

うらやましい!って言って欲しかったんだ。

結婚した先輩は「美人の奥さんでうらやましいっす!僕も頑張ります!」って言って欲しかったし、家を買ったシンガポール友人は「僕にはとても無理だぜ!どうやってこんな良い物件を見つけたんだ!」って言ってほしかったんだ。

そして彼らは、結婚やマイホーム購入に至る、栄光の武勇伝に話題を繋げたかったんだ。

ごめんよ。

でもね、時代は21世紀。自慢して羨ましがられる機会は激減した。

例えば発売日にiPhoneXを買って自慢しようと思う。

ところが1年経てば意図的にスペックを落として新製品を買わせようとするApple教に、15万円もお布施したなど哀れみしか覚えない。しかも発売後3ヶ月もすれば誰でも買えるわけで、希少価値もない。

こんな感覚は超物質主義だったシンガポール人にも共有されていて、この国でiPhoneXを嬉しそうに使っているのはもっぱらタイやフィリピンのお金持ち。彼らも高級と言われる品々を、ただ高級品だからと買い漁るうち、シンガポール人同様に近く物質主義から卒業する日が来る。

価値観の多様化。

スマホがあるから腕時計などオワコンという人と、至高の手工芸として機械式時計を愛でる人は、価値観を共有できない。

マジでプライベートジェットをカード払いで買っちゃう人以外は、ブラックカードでも楽天カードでも大差はない。どうせクレカ本体は押入れの中で、実際の支払いはバーコードスキャンやApple Pay。そこにどんなカードが乗っていようと、周りの人は知る由もない。でも一方で、クレカのお得情報は今でもアフィリエイトの鉄板ジャンルだ。

価値観の多様化。

かつては皆が同じレールの上で人生を進め、その速さで優劣が決まった。ところが今やそんな伝統的な生き方のレールは錆びついて、全員の人生を乗せて走れないほど朽ちている。

物理的に近くても、全員が違う道で人生を進める。その問題は、同じレールを走っていなければ比較できないことだ。そんな時代に自己満足以外の満足は存在しない。

他人にうらやましがられないと自分の人生を肯定できないならば、それは価値観の多様性が広がる世界で近いうちに破綻する「不幸メンタル」と言うほかない。



夢を夢とする諦めの儀式

そもそも。

本当に結婚したくてそれが叶った!本当にマイホームが欲しくて遂に手に入れた!と思ってるなら「おめでとう」以外に祝福の言葉は無いと思うんだ。それをまだ達成していない、達成したくも無い僕が、軽々しく「うらやましいよ」とか言ったら逆にウザい嘘になる。偽善。

でも彼らが嫉妬されることでしか幸せを感じられないなら、それはどうしてだろう。

たぶん、たぶんだけど、結婚した先輩たち、家を買ったシンガポール友人たちには、本当に達成したかった「夢」「憧れ」が別にあったんだと感じる。小学生男子で言うサッカー選手とか、そんなレベル。起業したいとか、海外移住してみたいとかね。

彼らにとって、結婚やマイホームは「社会的信用」や「自由」を手に入れる手段で、同時に「人生の妥協」だったのだろう。いわば幼児的全能感を諦め、現実的に持続可能な人生にシフトする儀式…。

結婚やマイホームが社会に屈服する儀式なら、周りから認められることでしか幸福を感じないのは理解できる。

精神年齢が幼いぜ

そんなわけで、僕は人生の駒を進められずにいる。

今だに幼児的全能感を捨てられず、達成したいことといえば「好きな文章を読んで好きな文章に変換する、酔っ払いの怠惰な日々」くらいなものだ。

精神年齢が幼すぎて人生のフェーズを進めない悲哀
シンガポールでは子供用のプールや公園の遊具が、夜中まで煌々と照らされる。 最初は防犯とかオブジェみたいな意味があるのかと思ったんだけど...

こんな状態では「諦めの儀式」をする人達にかけられる言葉は「おめでとう」しかない。

ま、精神年齢が幼いのはどうしようもないので、頑張っても乗れなかった人生のレールから脱線したまま、これからも我が道を行くまでだぜ٩꒰⍢ ꒱۶⁼³₌₃

みんな良いお年をお迎えください!