ここ2年余りで半分以上の人が去ったシンガポールの僕の職場。依頼退職からの補充なしというケースが多いものの、いわゆるレイオフという突然の解雇も度々あって、そんな日常に慣れるまで肝を冷やしたものだ。
そんな不本意な解雇に当たってしまった時、シンガポール労働者のお家芸といえばファイルサーバの初期化である。希望に沿わない人事があった場合、理不尽な扱いを受けた場合、会社や上司への報復として全業務データをブチ消してから去るのだ。
上司が残業して作った汗と涙の結晶を、3クリックで完全削除である!さぞスカッとするだろうな(=^・・^=)!
そんなわけで僕の職場ではRAID1でミラーリングの上、3重にバックアップデータが取られているけど、他の方法で会社の資産へ危害を加えるヤツがいるかもしれない。取引先に一斉メールとかね。
愛社精神などというゴミみたいな概念がそもそも無いので、労使双方、金の切れ目が縁の切れ目。解雇の際には退職金の小切手と引き換えにIDカードを返納し、即社屋を追い出される。いわゆる外資企業のロックアウトってやつ。
綺麗サッパリだ。
腐海に沈むデスク
ところがもし僕がクビになっても、綺麗サッパリとはいかないんだな。コレが。
会社のNASからデータを消す前に、腐海に沈む僕のデスクを片付けないとヤバい。ちょっと肺に入った…。
舶来品の乾燥食べ物、缶詰。ナッツ類。プロテイン、ビタミン剤、ダンベル。お茶。珈琲。紅茶。象印の即沸きポットに急須にメタルフィルター。大量の動物本ことオライリー。ろくに読みゃしないけど、エンジニアの精神的なお守りみたいなもんだよね、うん。
あと絶対ヤバいのがネタとして持ってる日本の成人雑誌(新刊が入荷すると人垣ができる)。規制が厳しいシンガポールにおいて、日本のコンテンツは貴重だ。そういう意味で上司との交渉材料である往年の成人向けDVD大全なども、そのまま残して逝くのは忍びない。
何10kgという物量的にも、僕のデスクを片付けるアドミンのオバちゃんが可愛そうだ。セクハラになってしまうし。
あぁでも、そう言えばそのアドミンのオバちゃんは年末にクビになったわ。実はそれほど心配はいらないかもしれない。コンテンツの引き取り手の需要は、たとえ有料でも数多あるだろうしね(=^・・^;=)
片付けられない
思えば幼稚園から、ゴミでパンパンになったカバンが閉じられない子だった。先週のお弁当のミカンの皮とかね。お風呂に入れるとポカポカって先生言ってたし。愛媛のミカンだぜ。
僕は片付けが出来ない。
ADHD的なワーキングメモリーの少なさに由来するのか知らんけど、必要なモノだけ取捨選択する能力がないのだ。
不注意でよく珈琲をブチまけるので、鼻かんだティッシュだって床の液体を吸収するのにまだ使える気がする。去年のカレンダーは貴重な思い出。前任者が残していった7年前の「るるぶシンガポール」だって、あと10年保存すれば資料的価値が出るに違いない。今でもブックオフに持ってったら10円玉に化けるかもしれないし。
ゴミ屋敷を作り出す孤独な老人の気持ちがよくわかる。
考え始めたら何1つ捨てられないのだ。
でもね。こんな僕だって、そりゃゴミ屋敷に住むのは不快なんだよ。だからそのうち「所有コスト」に抑圧され、カッとなって全部捨てる時期がやって来る。
それで僕が掃除するとなると、何も考えずに全部捨てる!の一択になっちゃう。
一眼レフもMacbookも明日履くパンツも、使い残しのインド・ルピーやタイ・バーツも全部捨てた。シンガポールは分別せずに何でもゴミ箱に放り込めばいいからラクでいい。勿体無いと思うでしょ。カメラやノーパソとかメルカリで売ればいいじゃんと。外国の現金だって何万円分も捨てたと思う。
でもね、そんなこと考えてたら僕は一生ゴミ屋敷で住むことになる。これはもうどうしようもなく不幸なことなんだ。片付けにおいて「もったいない」は必要コストである。
だから全部マルっと全部捨てることは、数十万円以上の価値がある。
ぬいぐるみ達とパスポートと財布だけ部屋の脇に確保して、あとは全て捨てる。これが僕のポンコツ脳で唯一できる「掃除」だ。
神聖なるゴミ屋敷
せっかくシンガポールにいるんだ。メイドとかルンバに掃除してもらえばいいじゃないか
そうよく言われる。何もわかってない。ナンセンスだ。
僕ぐらいの汚部屋アーティストになると、部屋は当然足の踏み場もない。そこにルンパを放ったら、一撃で遭難。んで酔って帰宅した僕に踏まれてオシャカ。それを避けるために、結局は「ルンバに掃除してもらうための掃除」が発生することになる。本末転倒。ルンバは無能だ。
僕の住む独房シェアハウスには、週に2回、中国黒竜江省出身のメイドさんが掃除に来てくれている。なかなか仕事にムラのある人で、1ヶ月に1回くらい本気を出すものの、その他は掃除したのか気付かないレベルの素晴らしい成果を出してくれる。
彼女は主に水回りの掃除をしているんだけど、ちょっとお小遣いをあげて、僕の部屋の片付けをお願いするプランがあった。
でもムリ!
僕はプライベートに立ち入られるのがクソ嫌いである。汚部屋と言えど神聖なんだよ。かつてそれが原因で人間関係を完膚なきまでにブッ壊したことも。
黒竜江省から来たメイドのオバちゃんは、好物ティラミス。実は酒にメッチャ強くてドンペイ出身なのに何故か四川料理が好き。高校3年の息子を地元に残して来てるのに何故か旦那のことは話題を逸らす。チャームポイントは話題的に追い詰められた時の苦笑い、左のエクボ。そして趣味はスマホで見る香港ドラマ。
そんな得体の知れない馬の骨に、僕の神聖な汚部屋を掃除などしてもらえますか…。
現金もゴミのうち
シンガポールのATMは、トップアップしない限り上限の引き出し額が2000ドル(約18万円)だ。
僕は物理的実存になった時点でお金の管理も出来ない。数字のままで居てくれるなら強いんだけどね…。
だから現金が足りなくなったら、とりあえず認知能力が足りず面倒いので上限まで下ろして、札束っぽいのを部屋の隅に投げておく。毎朝そこから50ドル(約4000円)札を引っ掴んで会社に巡礼して、メシや酒を買う。帰宅後にズボンのポケットの余ったジャリ銭は、洗濯する前にまた部屋の隅に投げておく。
と言うわけで、僕の部屋の隅には微妙な額の紙とコインが地層を成している。レシートとかも混ざってる。僕はジャリ銭コーナーと呼んでいる。
そんな汚部屋にメイドのオバちゃんを呼べますか。
僕はオバちゃんを信頼しているつもりだけど、もし2000ドルが1週間保たずに無くなったら、やっぱりおかしいと思うだろう。そうなった時、僕は大好きなオバちゃんやルンバを疑う、汚れた自分が大嫌いなんだ。
他人を部屋に入れた時点で、そんな汚い自我を晒す僕。最低だ。僕はこれ以上、自分に失望したくない。
そんな訳で、僕くらいの汚部屋アーティストにもなると、これからもゴミとホコリと現金の地層に埋まって生きていくのでしょう。