民族意識と国家運営が別々に機能するシンガポールのスピード感

旧正月3日目の早朝5時45分。

日本ならそろそろ夜空が白んで来る頃だろうに、赤道直下のシンガポールはまだ完全な闇夜に包まれている。シンガポールの日の出は遅い。

国が定めた標準時ってヤツは、地理的というより政治的だ。

地理的にはインドネシアなどと同じグリニッジ標準時+7時間、日本と時差ー2時間のはずなのに、無理くり1時間早めてグリニッジ標準時+8時間、日本と時差ー1時間となっている。

有名な都市伝説では香港株式市場と優位性を競うため、シンガポールの標準時は中国と同じに定めたという説がある。でも、香港とか眼中にないであろう隣国のんびりマレーシアも、シンガポールと同じ標準時なんだよね。そう考えると、シンガポールが1965年にマレーシアから分離独立した時に標準時も踏襲したのだろう。

マレーシアはマレー半島だけでなく、東側のカリマンタン島にも広い領土を持っている。僕はその関係で標準時が1時間早いんだと理解している。

そんなマレー半島の、標準時の「歪み」は面白い。

例えばシンガポールからインドネシアの首都ジャカルタへ飛んだ場合、本来は1時間余計に時間が進むはずが、逆に1時間巻き戻る。これはタイムスリップして1時間人生を得した気分になれる。

当然、帰りの飛行機で1時間損するから意味ないんだけどね(=^・・^;=)



人民行動党

今朝僕は5時起きでタクシーを捕まえ、チャンギ空港に向かっている。

閉鎖空間、寒すぎる冷房、爆音のラジオ、要らんこと話しかけてくる運転手。僕はタクシーが大嫌いなんだけど、まだ電車が動いてないので仕方ない。

春節の早朝に流しのタクシーを捕まえられただけラッキーだ。

僕は電話が無いのでタクシーを呼べない。スマホを手放して2年以上。やっぱこういう時には大きなリスクがある。

片側4車線の幅の広い高速道路に枝をせり出した立派な街路樹が、闇夜の幽霊が如くオレンジ色の街灯に照らされる。その樹木のシルエットの向こうには、沖合に停泊している貨物船の煌々とした灯が見える。砂浜に沿って整備されたイーストコーストパークだ。

南東の海岸線と並行して、真っ直ぐ空港へ至る高速道路は「ガーデンシティ」を標榜するシンガポールの顔だ。

資源も水すらない状況でマレーシア連邦から追放された時、シンガポールは「未来のない国」と揶揄された。そこに外資企業を誘致して今の繁栄を築くため、当時の首相リークアンユー氏は担当省までこしらえて街路樹の整備に力を注いだ。

街路樹は植えて終わりではない。定期的に剪定し、肥料を与える必要がある。

だから緑豊かな街は行政が立派に機能していないと美観を維持できないシロモノ。チャンギ空港に降り立った視察者たちは、この整った風景を見て行動力のある安定した政府を信頼し、以降、半世紀に渡りこの地に巨額の投資をし続けることになる。

生前のリークアンユー氏は「街路樹は最も投資効率がよい政策だった」と回想している。



後塵を拝す国民国家

タクシーはベタ踏みアクセルの中央線ガン無視で、闇夜の静寂を強引に切り裂いた。そしてシンガポール都心部からわずか15分でチャンギ空港が見えてきた。

独立国家シンガポールのこのサイズ感。

運転手のおっちゃんは春節と歌台について、訛った標準中国語でなにやら喋くっている。だけど僕は寝起きの不機嫌がMAX!

ろくに聴いていない。ごめんよ。

チャンギ空港の管制塔が見えてきた。闇夜に輝く管制塔はシンガポールドル札の印影にもなった国の象徴。

新年快乐!恭喜发财!恭喜您!

お金を払う時、暴走ドライバーと言えど新年のご挨拶は大切。それにしても…わずか4ヶ月ぶりのチャンギ空港。なのにチェックから荷物の預けまで完全機械化されていた。これなら旧正月3日目に駆り出す労働者を最小限に出来る。しかもシンガポールは多民族国家だから、中華圏に関係ない人を起用すればなんの問題も起きない。

このスピード感。

シンガポールは国民国家、ネイション・ステートでは「ない」。

日本のようにまず大和民族がいて、その社会システムとして統治機構が育ったのではない。ほとんど人口がいない場所に、大英帝国の東インド会社が自由港と定めた結果、仕事を求める人たちが世界中から集まって成立したのがシンガポール。

コテコテの日本人である僕の場合、日本が好きだという想いは「日本人である」という誇りに裏打ちされている。ところが中華・マレー・インド、その他少数かつ無数の民族で構成されたシンガポール人の場合、国を誇る気持ちと民族意識は完全に切り離されている。

シンガポールに移住した当初は、民族や伝統に拠らない国家客体に違和感を覚えたものだ。

ところが今や、安易なナショナリズムと切り離して再開発と技術革新を爆速で実現するシンガポールが眩しくてしょうがない。自動運転によるタクシーは実用化寸前だし、ドローンによる完全自動宅配システムも近日稼働するらしい。

小が大を制し、新が旧を超える時代。

その狭間で生きる僕を乗せて、ジェットスターの極狭A320はシンガポールの白む空を北に向けて飛び立った。