2日目にしてサイゴンの街と此処に暮らす人々が好きになった

12月は売れ残ったクリスマスケーキ、1月は値引きシールが貼られたおせち料理の具材、2月は投げ売りされる恵方巻。こんなお勤め品を買い占めて冷凍庫にブッ込んでおけば、かなり安く冬を乗り切れるのではないか。

僕の思考はどうしても貧乏な方向に向いてしまう。

頑張って働いて収入を増やすんではなく、できるだけ節約して支出を減らしつつ、できるだけ働きたくない。極端に貧乏なわけでもないのに、より多く稼いで有意義な消費をするような価値観に染まれない。

桃太郎電鉄で言えば、常にボンビーが取り付いているような感じ。

…いや違うな。人生のレースで最下位になって、ボンビーが取り憑くんじゃないかと無駄に不安に駆られる。まぁぶっちゃけすでにほぼ最下位なんだけどね。

今にもそんな不安がキングボンビーになって、ボンビラス星に連れていかれるような恐怖感が常にある。こんなボンビーメンタルでは、挑戦してより良い生活を手に入れる欲望よりも、安易に逃げに走ってジリ貧になってゆく。

美しきサイゴン

昨日からホーチミンことサイゴンの街にいるんだけど、なんだか桃太郎電鉄inベトナムは全てのマスが青い。ワクワクしながらサイコロを振って、止まったマスで買える物件はとりあえず全部買っとくみたいな。

別に成金みたく豪遊するわけじゃない。

いつもやっているささやかな幸せに、心のブレーキがかからないんだ。

ちょっと贅沢だと思っている朝のコーヒーに後ろめたさを感じない。地元の人がみんな買ってる。ビールが飲みたければ飲みたいだけ飲める。今日は缶ビール片手の人どうし、裏路地ですれ違いざまに乾杯した。

なんて気持ちがいいんだ。

最近僕はシンガポールでふさぎ込んでいた。3週間くらい前から調子が悪くなって夜もよく眠れないし、昼間の集中力もADHD的な多動が酷い。全く仕事にならない日もあった。

確かに仕事がストレスだったのある。でも全く仕事にならない日でもサバイバルできていたわけで、直接仕事だけがストレスだったとは言えない。

サイゴンに来てから思ったのは、この街では経済的な劣等感を刺激されない。本当にささやかなお金さえ持っていれば、価値観の奥底くすぐるようなレベルで喜びを得られる。

例えばサイゴンの人たちは昼間から三々五々集まって、路地端でトランプやサイコロで賭博を始める。そこを野次馬が取り巻いてちゃっかり便乗。その場にいるみんなでなーなーに賭け始め、一喜一憂を楽しむ感じ。今は旧正月の連休中なので野次馬も多い。

その様子を1時間以上見守って、僕も充分楽しませてもらった。

これ。サイコロ賭博なんだけど、どうやらそれぞれの目に麻雀の親のような役割があるっぽい。それでこの時はニワトリ目の担当がチョンボをやらかしたらしく、賭けてすらいない野次馬を含めて360°からめっちゃ袋叩きにされてて面白かった。

なんかこう、お金がもうネタでしかなく、適当に儲かったらいいよねー、みたいな。

シンガポールの貧しい人はティッシュペーパーを売って歩いているけれど、ベトナムの人たちは宝くじを売っている。それだけ宝くじの需要が多いのだろう。そりゃあお金は好きだけど、あくせく苦労してまで稼ぎたいとは思わない。ここらでドカンと一発当ててやるぜ!

そんな国民性が透けて見える。

優しきサイゴン

サイゴンの街には優しさがある。

裏路地の野良猫や野良犬たちもまず毛並みがいいし、皮膚病でガリガリになってるような犬猫が1匹もいない。明らかに野良で流しているのに、おそらく世話をしてる人たちがいる。街の動物はささやかな幸せを日常に振りまく存在だ。そこに少しだけ施しをするだけで、自分の生きる社会が豊かになる。

優しきサイゴンの人たちは人生の楽しみ方を知っている。

裏路地の小さな作業場に明らかに野良の犬や猫が出入りして、ご飯をもらっていた。このおキャット様軍団はトタン屋根伝いに僕のホステルの部屋にもやってきた。毛並みも良いし幸せそうだ。

僕もアジアを野良で流してるようなもん。

まだ着いて2日目だけど、この豊かで美しい街に野良猫みたいに住めたらどんなに幸せだろう。ま、僕は可愛くないけどね(=^・・^=)♬