クラフトビールとの出会いは「よなよなエール」だった。
当時スコッチウイスキーにハマっていて、分不相応にも成城石井みたいな高級スーパーに通っていた。そこで缶のデザインが気になって1本買ってみたんだけれど、酵母の風味が強くそれまでのビールのイメージが覆ったのを覚えている。
ただその頃僕はうつ病の入り口に立っており、夜なかなか寝付けず困っていた。
だからウイスキーのようにガツンと酔える酒を欲しており、アルコール度数の低いクラフトビールの存在は記憶の彼方に消し飛んだ。
クラフトビールに目覚めたのは「インドの青鬼」という、これまたデザインの凝った缶ビールがキッカケ。
この頃には僕はうつ病を克服しており、ついでにシンガポールに移住していた。それで久しぶりに帰国した際に、コンビニで見慣れないビールを手に取ったのだ。
インドの青鬼はIPAと呼ばれるジャンルのクラフトビールで、パンチの効いた苦味と強いホップの香りが特徴。いわばビールの個性を極限まで引き出したような味がする。もともとはインドを目指す大英帝国の船乗りのために、長期間劣化しないよう濃く作ったビールらしい。
それからというもの、知らない街を訪れる度に現地のクラフトビールBARを巡るのが楽しみになった。
Pasteur Street Brewing Company
ベトナム・サイゴンはPsteur Street Brewing Companyという隠れ家風のBARから始めよう。
サイゴンの第1区でクラフトビールを探しているとつぶやいたら、Twitterの親切なフォロワーさんが教えてくれた店だ。
長屋のトンネルを抜けて細い階段を上った先にひっそりと存在する、まさに隠れ家。夜はかなり混む人気店らしく、それは聴覚過敏の僕には辛いものがある。だから昼過ぎのまだ明るい時間にバイタクで乗り付けた。
なんか僕が場違い思うほどインスタ映えするおしゃれなデザイン。僕が行ったときには白人のお客さんが多かった。
でも地元のベトナム人も気軽に利用するようなお店で、ここでIPAを飲んだとFacebookに書いたらベトナム人同僚から「Jasmine IPAでしょ!最高よね」とコメントが来た。
地元の人気店らしい。
それでこれが話題のJasmine IPA。香り豊かで濃厚。400mlで500円なのでガブガブ飲めてしまう。ここは天国か。
正月明けの混雑した雑踏から、ガラス1枚で隔てられているとは思えない至福の空間。このギャップを肴にして2杯目に突入。
次に頼んだのはSpice Island Saigonという街の名を冠したエール。
ひと口目に強烈な風味がガツンと来るけど、ふた口目からはそれが心地よくあっという間にグラスが乾いてしまった。
そしてこの店の大きな窓に面したカウンター席が最高すぎる。ちょうど太陽が下がってきた時間帯で、外に植わっている葉っぱの影が美しい。
2杯目を飲み干した後も、太陽が向かいの屋根に沈むまでしばし雰囲気を楽しんだ。
丸亀製麺
僕は飲みながらつまみを食べる習慣がない。健康に悪いらしいんだけど、こっちの方が効率よく酔うし、何よりビールの味に集中することができる。
そんなわけで隠れ家BARを出たらお腹がすいた。
もちろんこれも計算済み。ここから徒歩で行ける距離に丸亀製麺が進出しているのだ。しかもベトナムの丸亀製麺では薬味にパクチーが置いてあると言う。
すなわちそれは国際A級パクチストである僕が巡礼すべき聖地だ。
そして噂は本当だった。
農業国は最強である。パクチーのみならず刻みネギもシャキシャキ新鮮。みずみずしい。ついついパクチストとしての狂気が荒ぶってしまい、大人気ない盛り方をしてしまった。お店の人ごめんなさい。
シンガポールはほぼ全ての野菜を輸入しているだけあり、やっぱり鮮度に劣る。こんなシャキシャキ新鮮な野菜を食べたのはいつぶりだろうか。もちろんうどんも美味しかったんだけど、このトッピングの野菜たちがあまりにも素晴らしく、薬味の記憶しか残っていない。
あぁそうそう1つだけ。
ベトナムの米麺フォーが柔らかいように、ベトナムの人はアルデンテを好まないようだ。だから日本の讃岐うどんのようなコシはなかった。あとざるうどんのような冷たいチョイスも多分ない。だから日本のうどんの味をそのまま求めていくと満足できないかもしれない。
ただ現地のベトナム人の胃袋はがっちり掴んでいるらしく、夕方の4時という中途半端な時間だったにもかかわらず、店の前にはずらりとスクーターが並び店内に行列ができるほど混み合っていた。
ジャパンブランドの飲食店はこの街でも頑張っている。
East West Brewing Company
さて腹ごなしにもう1店いきますか٩꒰⍢ ꒱۶⁼³₌₃
Twitterでいただいた情報によると、丸亀製麺と同じ区画にEast West Brewing CompanyというクラフトビールBARがあるという。Twitterの情報網に震える。
ってゆうかTwitterにはサイゴンの街を愛してやまない方々が沢山いる。なるほど、それも充分納得できる魅力がある。
さて、またしても僕が場違いに感じるほどおしゃれな場所だった。
沈みつつある太陽の柔らかい光が高い天井から降り注ぎ、まだ早い時間なので空いた店内にはゆるいリラックスした雰囲気が漂っていた。このお店は半分以上がローカルのベトナム人のようだ。
そして早速IPA。
このお店ではBelgian Buddha IPAという面白い銘柄を頼んでみた。さっきのJasmineよりコクが強く、香りはまろやか。
そしてなんとテラス席を発見。沈みゆく太陽に染まる琥珀色の液体。味のみならず色も美味しい。
帰りはバイタクを使わず裏路地経由で散歩する予定なのに、思わずもう一杯頼んじゃって轢かれるところだった。でも無事に裏路地散策出来て良かった。
旧正月が明けたばかりと言うことで、店内の醸造タンクは戌年の飾りが施されていた。
サイゴンは観光客が落とす外貨に依存するだけでなく、新しい文化を産み育てる現地の中流階級が育っている。これからベトナムの伝統を取り込んで、それがどんな風に花開くのか。
とても楽しみだ。
また数年後に来たら違った発見が得られそうな、クラフトビール呑み歩き散歩だった。