西に沈みつつある太陽と、夕日にオレンジに染まる東の雲。刻々と変化する明暗のグラデーション。
夕暮れの散歩は楽しい。
都会の夕暮れは背の高い雲を背景に律儀に並ぶ高層ビルのシルエットが映える。そして街を行き交う忙しい人たちもみんな長い陰をひきずって人形のように見える。
高層アパートの窓にはポツポツと明かりが灯り始め、行き交うクルマのライトが眩しい。夕暮れは街のコントラストが上がる。
何となくたむらしげるの絵本作品の中に紛れ込んだ錯覚を覚え、立ち止まる。
今日の雲は分厚くて東の空が不自然に暗い。
もうすぐ雨が降る。
南国は乾季でも時折ゲリラ豪雨に見舞われる。これは極局所的な大雨で、電車でたった2駅移動するだけでカラッと晴れたりするので面白い。
いよいよ東から邪気を放つ暗黒が迫り、積乱雲がノソノソと近付いているのがわかる。この期に及んでも西の空にはまだ太陽が出ており、暮れかけた青空さえ見える。時々刻々とアンバランスに変化する空を見上げるとそのスケールに我を忘れる。
僕は手近な屋根のある屋台に入り、ビールを注文する。
出先で雨に振られた時は、行動から自分の余裕を測れる。無理に急がず積乱雲が通過するのを楽しむような心のゆとりをいつも持ちたいものだ。
それが幸福ってやつの実体なのだから。
夕立
特大の雨粒がまばらに落ちてきた。乾いたコンクリートに灰色の斑点が咲いていく。
ショーの始まりだ。
夕立は馬の背を分けるとは良く言ったもんで、青空の覗く僕の左側の地面はまだ乾いている。そこへ…
ザ、ザ……ザザザザッ!!
右から本降りがやって来た。迫力ある効果音が猛烈なクレッシェンドをかけて迫り、左側も一瞬にして飲み込んだ。
この屋台は積乱雲の支配下に堕ちた。屋台街のざわめきをも掻き消す激しい雨音。屋台の周囲にはもう水たまりが出来ている。
雨が作り出す3秒ほどのスペクタクル。
氷で満たされたよく冷えたジョッキに、中瓶からタイガービールを注ぐ。竹輪みたいに中空の氷が上からカタチを失い、黄金色の液体にとけていく。
脳に染み渡るアルコール。
ほのかに暖かくなった手足が弛緩して、忌々しいこめかみ辺りの異物感がフッとラクになる。僕は血液に混じって全身を巡りはじめた幸福物質を感じながら目を閉じる。
そこへ幼稚園くらいの男の子を抱えた女性が慌ただしく駆け込んできた。雨宿りが間に合わなかったんだ。ずぶ濡れで疲労困憊する母ちゃんと、突然のトラブルで楽しそうな男児。
僕の隣で酒盛りしていたおっちゃんが中国語で屋台に声をかける。すると乾いた布巾が出てきた。母ちゃんは礼を言ってから男児の紙をモシャモシャと拭い、自分のバッグも拭く。
親子はおっちゃんのテーブルに混ざってしばらく雨が止むのを待つようだ。
都会では普段他人のことなど気にかけない。でも急な雨に降られた時はさり気ない助け合いがそこここで見られる。
僕は自分の住む街と人々が好きになる。
雨上がり
乾季のゲリラ豪雨は30分もすれば小降りになり、もう15分待てば完全に止んでしまう。大きな水たまりを残して東から西に抜けた積乱雲は地平線を完全に覆い、日没の儀式をすっ飛ばしていきなり夜がやって来た。
街路樹から滴る水滴が路肩の水たまりに波紋をつくる。灯りはじめた街灯が濡れたコンクリートに反射して美しい。
あちこちで雨宿りしていた人たちがロスした時間を取り戻すように家路を急ぐ。雑踏のガヤガヤ、爆走していく二階建てバスのエンジン音。
雨音で消えていた街の息遣いがまた聞こえるようになる。
街に活気が戻った。
僕は夕立が作り出す30分あまりのドラマが好きだ。急激に変化する空模様と、その下の慎ましく暖かい人間模様。
突然の雨で足止めをくらうのは誤算だけど、一息ついて日常のひとコマを楽しむような余裕を常に心に保って暮らしたい。