香りが呼び覚ます故郷の思い出

仕事上がり。

僕の仕事は絶対に定時上がり出来るので、会社を出ると高層ビルの隙間から四角い青空が見える。

過剰な冷房でキンキンに冷えたオフィスから、薄いガラスドアをくぐるだけで赤道直下の熱風に放り出される。移住した当初はこの温度差にやられて体調を崩したものだけど、今ではちょっとしたアドベンチャー。

一瞬で鳥肌が消えてかわりに汗が吹き出してくる。

ビールの合図だ。

昔ながらの商店でいつものオバちゃんからビールを買って、高層アパートの中庭に腰を下ろす。この中庭は駅への近道になっており、夕暮れ前に家路を急ぐ人たちが通り過ぎていく。

そこには同じように酒盛りするおっちゃんのグループがいる。っていうかこの場所は何時に来ても誰かしらが酒盛りしている。みんな仕事してないのかな…。いつかこのような暮らしにシフトしたいものだ。

粘膜から吸収されたアルコールが全身を巡る。

意識のレベルが1段下がる。

僕は道行く人をいまいち焦点の合っていない目で眺めるのが好きだ。

通勤中の誰か1人に注目すれば、それが誰であってもセカセカしていたり不機嫌そうに見えるものだ。だけど毎日規則正しく繰り返される流れの先にはみんな帰るべき家があって、待っている人がいるんだろう。

帰宅する人たち全体をボケーっと俯瞰すると、何気ない毎日の営みを尊く思える。

すると、不意に親しみある香りが漂ってくる。

フルーツの香水のような…。

意識レベルがメキっと上がり、目の焦点も合う。薄っすら染めた髪をやや無造作にハーフアップにした女性が通り過ぎていく。記憶の彼方のあの人は、今ならこんな感じになっているのでは…。

あ…、あの…!

記憶の香り

懐かしさに突き動かされ不審者になってしまった。これじゃまるで山崎まさよし「One more time, One more chance」みたいだ。

柄にも無い…。

あれから10年という時間が過ぎ去り、僕は日本から6000km離れた外国で暮らしている。当時誰がこんな未来を想像しただろうか。

昔馴染みが使っていた香水に思わず反応してしまう程、ここのところ寂しさを隠せない。この感情の根底にあるのは10年前のあの時を一緒に過ごした人達が、いまは誰一人として身近にいないことだ。

僕の人生はこれが死ぬまで続くのだろう。

外国で外国人として暮らしていると、周りにいる人間が目まぐるしく変化する。それこそ毎月のように。外国人の友達は様々な都合で世界を動き回っているし、僕自身もいつの日かこの国を出ていくのだろう。

大人になったのび太が結婚前夜にジャイアンとスネ夫に祝ってもらってるような、あんな日が来る可能性は僕から永遠に失われてしまった

特定の香りによって昔の記憶が鮮やかに蘇り、懐かしさに扇動された感情に息が詰まる。これは大抵、胸をえぐるような激しさがありタチが悪い。

ああダメだ、ストロングゼロが必要だ。

僕はまたオバちゃんの店に駆け込んで、安くて強いアルコール度数8%のインドビールを買い増した。

故郷のにおい

僕は鼻が利かない。

発達障害とアレルギーってめっちゃ相関があると感じる。僕が当事者だと思っている人たちの多くは、特にアトピー性皮膚炎とアレルギー性鼻炎を持っている。

御多分に洩れず僕もひどい鼻炎持ち。

特に朝は鼻水が止まらないし、部屋の掃除をしばらく(たった数ヶ月!)サボっていると鼻炎が酷くて寝付けないこともある。

そんなわけで常に鼻をかんでいるか鼻詰まりでシューシュー呼吸している。でもまぁ悪臭に対する耐性は海外生活の必須スキルだったりするので、こういう人生になった以上は鼻が利かなくてもあながち悲観していない。

でもだからこそ鼻の調子がいい時に、たまに感じる香りは強烈に記憶に突き刺さる。そして再びその匂いを嗅ぐと関係する記憶がドバっと降ってきて「うっ…」と強張ってしまう。

親しみのある香水の他に反応してしまうのが雨の匂い。

夕立ちが来る直前、空が不自然に暗くなる。そんな時、湿っぽい風に混じってやって来る干し草と土の匂いだ。

僕は里芋と人参が名産の農業地域で育った。

小学校へ向かう道すがら、中学校の部活の帰り道。嬉しい日も悲しい日もこの匂いに包まれて、今にも泣き出しそうな空に追い立てられるように農道を急いだものだ。

夕立ちが迫る街に佇んでいると、今や開発で失われてしまった故郷の風景、そこで過ごした子供の頃のあれこれを思い出す。

僕は夕立ちが作り出す雰囲気が好きだ。

雨の香水

香水…  雨の匂い…

雨の匂いの香水(=^・・^=)!

雨の匂いを香水として抽出できれば、それはお手軽にシュシュッと郷愁に浸れる魔剤なのでは!?

そう思って調べてみると、なんと!雨の匂いの正体はペトリコールという油状物質という。

ペトリコールは植物が分泌する化学物質で、植物の発芽や成長を遅らせる働きをするという。つまり水分が足りない時はペトリコールで成長が抑えられているけど、いざ恵みの雨が降ると湿度とともに蒸発して成長のリミッターが外れるという仕組み。

荒野に雨が降ると一斉に草花が芽吹く「生き物地球紀行」的なタイムラプス動画には、こいつが一枚噛んでたんだな。

そして湿気とともに蒸発したペトリコールがあの独特の香りとなるのか。

おおお、じゃあペトリコールを抽出すればそれは雨の匂いの香水じゃんか(=^・・^=)!

でも…香水は芸能界と並んで僕が疎い分野。優しい読者の皆さま、ペトリコールを含む香水が既に市販されていたらブランド名を教えて下さい。

もし市販品にないならビジネスチャンスなのでは…ししもんクラウドファンディングしてでも是非作ってみたい(=^・・^=)!