最低賃金がない社会の方が仕事の心配が少ない

海南チキンライス、ラクサ、ホッケンミー。

定番のシンガポール料理がお手頃価格で食べられる屋台村、ホーカーセンター。貧乏バックパッカーとして初めてシンガポールを訪れたときはその安さと美味さに驚いたものだ。

でも1番驚いたのは食べ終わった食器を放置して良いこと。

最近でこそ下膳カウンターが設置されてセルフで戻すようになってきたけど、当時は食べ終わったタイミングで食器を残してただ席を立てばよかった。

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一見ラクで良いんだけど、それを回収しているのが貧しそうな高齢者なんだよね。彼らは足を引き摺っていたり何らかの障害を持っている人が多い。だから毎日3食ホーカーで食べるうちになんだかいたたまれなくなってきた。

そこで僕は下膳のおばちゃんのところへ自分で食器を持っていくようにした。偽善者っぽいけど、最低限のいたわりを示したかったんだ。ところが「マニュアルどおりやってんだから急かすなよ」みたいな感じに面倒くさそうにあしらわれてしまう。

これには軽くカルチャーショックだった。

それでホステルスタッフのシンガポール人にこの話をしたんだけど「あぁ食器なんて放っておけばいいのさ」と軽いノリ。ちなみに彼は6ヶ月後に僕の同僚になる人だ。

彼の話をまとめるとこういうこと。

ホーカーセンターの仕事はそもそも3K労働であり、特に食器を下げる係は何か問題を抱えた人が多い。具体的には満足に働けない状態で借金を背負うと食器を下げる仕事に堕ちるといわれている。だから彼が子供の頃は「将来あぁならないように勉強しなさい」と親から口酸っぱく言われたらしい。シンガポールは競争に勝ち続けないと生き残れない国なんだよ。

それまで僕は特定の職業を蔑むのはタブーだと認識していたので、彼の説明を聞いてショックを受けた。



すぐ辞めちゃうシンガポールの人たち

キラキラと林立する高層ビルの陰で、実はシンガポールは過酷な格差社会だった。バックパッカーで1週間滞在しただけで社会のそんな深い部分を垣間見られたのは、その後僕がシンガポールという国に愛着を持つキッカケになった。

ところが愛着が高じた結果就活をして正社員として働き始めると、また別のカルチャーショックを受けた。

シンガポール人の同僚たちが本当に簡単に仕事を辞めちゃうのだ。

ちょっと疲れたから1ヶ月くらい休憩するとかいうのはマシな方。僕が1番ウケた退職理由は「会社のパソコンでFacebook禁止になったから」。そんなんスマホで見ればいいじゃん(=^・・^;=)

「データ通信料がかさむじゃんか!」

日本で社畜してウツになっても失職するのが恐ろしく、限界まで身体を壊した自分はなんてアホだったんだ。

ここで耐えられないレベルなら転職なんて出来ない。仕事をしないと社会に居場所が無くなる。挫折して己の無能を認めたくない。無職で親や友人に顔向けできない。

そんな職を失う恐怖心が完全に無意味だったと、まさか異国で学ぶことになるとは。

でも…

「将来ホーカーの下膳係にならないように勉強しろ」と親に言われて育った彼らに、職を失う恐怖心が植え付けられないのは何故だろう。

まるで転職先なんていくらでもあるかのようだ。



雇用の流動性が高い社会は健全

そう、実際に転職先なんていくらでもあるようだ。

確かにスキルが伸びてないのに昇給を希望したり、経歴に見合わない高望みをすると転職に苦戦するという。それから超高学歴で狭い専門分野の職を求めると、国が小さいだけに満足できる仕事が少ないという話も聞いた。

それでも「この仕事を失ったら死ぬしかない」というような病的な恐怖心が芽生えない程度に、シンガポールの就職戦線は正常だ。

実際にFacebook禁止で退職した彼も、疲れた彼女も、その後程無くして別の仕事に就いたと風のうわさに聞いた。

雇用の流動性が高い社会は健全なのだ。そのカギはシンガポール人の最低賃金が物凄く低く設定されていることだと確信している。

これは形骸化している日本の最低賃金をみれば明らかだ。

サービス残業は実質の給料を下げ、時給換算で最低賃金を割る正社員なんてザラだ。さらにアルバイトでも着替えや準備、朝礼の時間は時給を出さない企業が横行している。

生産性に見合わない最低賃金でしか人を雇えないからとりあえず額面通り出すけど、それじゃ儲けが出ないから雇ったあとに脱法行為で補うのだ。

さらに最低賃金が上がるとそれだけ課される要求も高くなり労働環境が過酷になる。それに生産性が低い仕事に日本人が就けなくなり、そういう仕事は奴隷制度と批判される外国人実習生が担うことになる。

最低賃金の縛りがこの歪みの原因だ。

外国人の労働環境は日本っぽい

最低賃金がとても低く設定されているシンガポールでは、提示された給料が全てだ。給料が高い仕事は要求も高いだろうし、のんびり働きたいならそこそこの給料の仕事に応募すればいい。

実にわかりやすい。

そして企業が脱法行為を働いたり仕事量のわりに給料が安すぎると、労働者が逃げ出してブラック企業が淘汰されていく。雇用が流動的だからこそ嫌なら辞めればすぐ次が見つかるのだ。

その一方でシンガポールで働く外国人労働者にはかなり高い最低賃金が設定されている。その額より低い給料の仕事では就労ビザが貰えない。

しかもその額は年々上昇するばかり…。

だから事実上今より給料が高い会社にしか転職できず、外国人労働者の流動性はシンガポール国民や永住権者より低い。さらに給料のキックバックなど脱法行為も横行している。

まるで日本みたいじゃないか。

最低賃金の設定は雇用の流動性を下げ、労働環境を悪化させると僕は確信している。