歳とって怒られなくなり人と衝突しなくなったらもう誰からも愛されてない

たまに日本に帰国して驚くのがヒステリック老害。

お店や電車内で突然大声を上げ、高圧的な態度でわめき散らす。

絶対に反撃してこないであろう店員や子供連れの女性には暴力的に当たるくせに、自分より強そうなヤンキーや地位の高そうな人が迷惑行為をしても知らんぷり。

あの手の人種はまさに「人でなし」なわけだけど、日本にいるときは道行く人の中に一定数ろくでもないのが混じっているのが当たり前だった。学生の頃に接客バイトしていても「あ、ヤバいの来た」みたいな。

もちろん海外にも喚き散らす奴はいる。

何を隠そう僕自身が1度インドでやってしまった。



インドでキレた

砂漠の町。

僕はホームステイ先のインド人家族にお世話になっていた。その日も茹るような暑さで、どのくらい暑いかというと室温で53度。

空気が50度を超えてくると汗をかくより汗が蒸発する方が速くなり、意識的に水を飲み続けないと命が危険に晒される。しかもペットボトルの水であってもその水が安全かどうかわからないのがインドの衛生環境。空きボトルに不衛生な濁った水道水を充填して売っているような連中がいるのだ。

そこで部屋でエアコンを使わせてくれるように家主に頼んだ。正直もう体力の限界だった。

ところが彼曰く、この家では夕方6時になるまでエアコンは使えないルールだという。当然そんなことは最初の契約時に一言も聞いていない。むしろこんな砂漠の真ん中の街で、月に5万円も払っているのにエアコンが使えないなど論外だ。

それこそ命の危険にさらされる。

それで僕はキレた。

まさに大声でわめきちらし、今すぐこのアウトカーストの根腐れ貧民窟から出て行くから残りの家賃を返せと主張した。

ところが年上の男性に向かって大声を張り上げるのはインドのマナー的に最悪の行為だった。インドの非暴力不服従と言うのは、少なくとも公の場では不文律のようだ。

結局、治安の悪いところではキレたやつが負けである。

日本でも交番のお巡りがパワハラ上司を射殺した事件が起きたけど、ある意味あれは治安の悪い場所では当たり前の話。理不尽に振る舞うヤツは被害者に命を狙われるし、その結末に誰も同情しない。シンプル is ベスト。むかつく奴は殺すまでだ。

僕の場合はちゃんとした英語がしゃべれる仲介者を呼んで事なきを得たけれど、下手したらインド辺境の街で最悪の結末を迎えていたかもしれない。

砂漠の街でのこんな体験から、僕は感情を発露して相手を押さえ込むような態度を改めるに至った。

どうしてもキレそうになった時はその場から僕自身が立ち去る。そうすれば僕の暴力に相手を晒すことなく、ことを収めることができるんだ。



誰からも愛されない老害

そこいくと日本にはなぜ公の場で大声を上げ、高圧的に女性や店員を罵倒する老害があんなにたくさんいるのだろう。

没落先進国とは言え、さすがに今の日本はたとえ恨みを買っても夜道に刃物で襲われたり、家族を殺されたり、家に火を放たれるような治安では無い。

でももし僕がコンビニで店員に喚き散らしたり電車で子連れの親子を罵倒したら、友達が全員去っていってしまうだろう。

逆に友達がそんなことをしたら僕はその場で絶交する。

まぁでも優しい人なら、そこまでの決断をする前にやんわりと「そういう態度は良くないぜ」と注意してくれるかもしれない。

これ。

自分の立ち振る舞いについてやんわり注意してくれる人が周りにいるかどうか。

そういう人こそが人生でとても大切な人だ。

なぜなら誰かの行いを正そうとする行為は、その人に正しく生きてほしいと思っているからできること。親が子供を叱る原動力、先生が生徒を叱る原動力。

つまりそれは愛されていると言うこと。

少々めんどくさかったり衝突する可能性があったとしても、あえて至らぬ点を指摘してその人の行動を改善しようとしてくれる。

そんなかけがえのない存在は、残念ながら年齢を重ねるごとに減っていく。

叱ってくれる人のそばにいる

おそらく態度の悪い老害は、もはや何をやっても誰にも叱られない。

ご近所や血縁者など周りの人たちはもちろんのこと、彼らは社会全体にとって害悪でしかない。だから誰からも愛されていないし積極的に関わる人もいない。

想像を絶する孤独。

そんな孤独の中で増長し、調子に乗って弱者を叩くことで自尊心を満たすような悪循環にあっという間に絡め取られ「人でなし」に堕ちていく。

最近僕はちょっと自己主張が強くて、その主張が僕の考えと食い違うと果敢に突っかかってくるような、それでいて僕の話もちゃんと聞いて話の折り合いをつけようと熱っぽく喋るタイプに惹かれる。

そういう人はたとえ衝突したとしても僕と積極的に関わろうとしてくれる。そんな態度は時にめんどくさいけれど、第三者の目で僕を起動修正してくれるありがたい存在だ。

年齢を重ねるごとに人間は扱いづらくなる。

プライドだけが根拠もなく肥大して、人の意見を素直に聞き入れることができなくなる。考えが凝り固まって、周りの人の多様な意見に耳を傾ける余裕がなくなってくる。頭が働かなくなって、論理的な掛け合いについていけなくなる。

そんな中。

率直な意見をストレートにぶつけて、気にかかることがあれば僕を正しい方向に軌道修正しようと叱ってくれる人は貴重だ。

僕はそんな愛にあふれる人に囲まれて歳を重ねていきたいと思っている。