勉強は出来たのに仕事でコケたら海外へ

明日で僕は34歳になるんだけど、ここまで全て記憶力だけで生き抜いてきた気がする。

とりあえずたくさん苦手なことがあるけれど、生きる上でめっちゃ番困るのは同時に1つのことしかできないことだ。

マルチタスク機能の欠如。

これは例えば音楽を聴きながら料理をすると失敗するみたいな可愛いレベルではない。

まぁ新婚の新妻として大晦日に小豆を煮ながらVan Halenを聞いていたら突如ギターの練習をしたくなり、うっかり熱中して消防車を呼ぶ羽目になった友達がいるのでかわいいレベルと形容して良いのかは謎だけど。

一方、マルチタスクができない事は強みでもある。

いちど興味を持って熱中すると、その対象に集中力が無限に持続するんだ。これを過集中と言うらしく、発達障害の特性でもある。

過集中を使いこなせれば強みにもなり、使いこなせなければ弱みにもなる。まぁ集中力を使い切ったあとは24時間くらいベッドで死体ごっこするハメになるんだけどね…。

でもとりあえず僕の場合、この特性を勉強に使えるようになってから人生が花開いた。

田舎の荒れた公立中学校ではあったけれど、それから一気に学年トップに躍り出たのだ。

模試や定期試験そして本番の大学入試に至っても、その前日に出題範囲の教科書を50時間かけて丸暗記すれば偏差値で55〜65くらいのパフォーマンスが出る。学校の授業をろくすっぽ聞かず、パチンコ屋で時間を潰していたにも関わらず。

だからアホな教師は僕を気に入らなかったようだけど、それでも学生時代は国立大学理系の後期試験を滑り止めに使えるくらいの偏差値を常に保ってきた。

学校の目的は勉強だけ

ただしそんな裏技的な処世術ではこの世のほとんどの社会で上手くいかない。

最たる例は学校。

学校は事実上勉強「だけ」しに行くところではない。小学生の頃に両親が友達ができない僕を心配していたけれど、つまりはそういうこと。

社会性を身に付ける。

1つのことにしか集中できない僕は、勉強するため「だけ」に学校に行っていた。親からもそのような価値観を植え付けられていたけど、そこには行間に込められた意味があった。

社会性を身に付けるのは当然のことで、両親はその上で僕に勉強をがんばって欲しかったんだ。学校という組織で勉強「だけ」にしか意識を向けることが出来ないと、社会性が身につかず友達ができない。

それは今でも同じ。

仕事するため「だけ」に会社に行っているから、同僚と飲んだり先輩におべっかを使うようなメンタリティーがまるでない。そして今は簡単にクビになってしまう外資企業に勤めているので、このような不遜な態度は時に不利にもなる。

でも。

そのままの能力で34歳になってしまう今に至っては、もうこれしか出来ないし、もうこれでいいと開き直っている。

だってそうだろう。

とりあえず勉強さえデキれば学校と言う社会最低限サバイブすることができる。

とりあえず仕事さえデキれば会社と言う社会で最低限サバイブすることができる。

それでいい。

そんな最低限の人生でがっつり充分じゃないか。

会社の目的は仕事だけ

そういう意味で副業を禁止した上、定時以降の社交性までも無理強いするような日本企業は完全にオワコンだ。社員は家族などと言っている日本企業はおそらく今後10年以内に外資企業にやられ全部つぶれる。

仕事に家族みたいな私的な感情を上塗りするなど愚の骨頂。

当然、社員は家族ではないし、言うなれば法人として利益を上げるためのパートナーでしかない。

海外に出て外資企業に勤め、そこで実感したのは利益に対する貪欲さ。

その強靭な貪欲さを前に、社員を家族と錯覚するようなグダグダ日本企業が太刀打ち出来ずジリ貧になるのは当然だ。

シンガポールの労働者は企業に対する忠誠心などまるで無く、毎月振り込まれる給料だけを目的に働いている。でもその一方で労働に見合った給料を毎月もらえるよう、パフォーマンスはキッチリ出していく。

企業も企業で労働者の忠誠心など全く当てにしていない。シンガポールの外資企業は社員一人一人が持っている特性や特技のみに価値を見出して、毎月給料を払う。そして優秀な社員が逃げ出さないような給料はもちろん、福利厚生や保険を提供する。

実にわかりやすい。

なんてスッキリしていて、なんて気持ちいいんだ。

人生コケても勉強が得意なら海外へ

1つのことにしか集中できない僕が必要とする環境は、1つの事でしか成果を出せなくても評価される社会だった。そして残念ながら26年間生きても、結局そんな理想郷を日本国内に見つけることができなかった。

でもそれは海外に出たらあっけなく見つかった。

ぶっちゃけ僕の価値観が普通だったんだ。

仕事の人間関係を家族と思う必要などない。彼らと一蓮托生ではないし、同じ泥船に乗ったわけでもない。

仕事で求められるのは特技のみ。

だから日本で社交性や協調性、または人間力みたいな、抽象的な「仕事以外の能力」を求められて苦しんでいるなら、そういう人はマルっとみんな海外に出れば幸せになれると信じている。

社会の厳しさゆえ、日本には能力があるのに仕事の本質以外のところで叩きのめされ打ちひしがれている人がマジで多い。

実にモッタイナイ。

本来求められるべきは企業に対する忠誠心では無く、専門分野に対する卓越だ。

だから人生コケても勉強が得意なら海外へ行けば良い。そこにはたった1つの特技だけで活躍できる場所がある。

これを知らずに日本で潰れたならば、それは不幸でしかないし人生の無駄遣いだ。

かけがえのない人生を最大限楽しもう。

特技はあるのにその特技だけでしか成果を出せないなら、日本で上手くいかない。そんな人にとって海外に出るのは有力な選択肢だと確信している。

我に続け。

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