持ち物と固定費を減らして安定と安心を作る

先週の金曜日。

突然降ってきた社長メールで、僕の所属する部署がまるごと廃止されることが決まった。まさに晴天の霹靂。今月のどこかで解雇通知書を課長から手渡され、それにサインした時点で完全なる無職、完全なる無収入に叩き落とされる。

解雇は今この瞬間かもしれないし、月末かもしれない。

無職へのカウントダウン。

だから週が明けた今朝は「この道を通勤するのも今日が最後かもな」などと感傷に浸りながら出社した。

すると僕の前方を歩く見慣れた背中が視界に入った。整った顔に似つかわしくない水泳選手みたいな肩幅。そして猫背ぎみ。金曜日に非常階段でサボっていた僕に、社長メールを読ませたタイ女子同僚氏である。

おはモーニン(=^・・^=)♬ これが君に会う最後にならなきゃいいんだけどハハッ

努めて明るく話しかけたんだけど、振り返った彼女の顔はまさに最愛の夫を失くした未亡人のそれ。心なしかヤツれたようにも見える。週末はずっと不安に沈んでいたのが一目瞭然だ。

「おはよう。元気ね。アタシは不安で寝られなかったくらいよ」

別にここクビになってもいろいろあるじゃん。シンガポール人の彼氏と結婚して永住権取っちゃいなよ~。バンコクの景気良いって聞くし、君の故郷にかえっても英語バイリンガルなら仕事あるっしょ!

「もうすぐ仕事を失うっていうのに、なんであんたはそんなポジティブなの?」

そう言えばそうだね。はて、なんでだろう(=^・・^;=)?

自由なミニマリスト

今でこそ能天気な僕だけど日本でウツ病になったときは無職になるのが恐ろしく、ズルズルと退職に踏み切れなかった。それで身体が物理的に動かなくなって強制退場になったんだけど、あの苦しんだ3年間は無駄でしかなかった。

あの時と比べると大きく変わったことは2つある。

  • 持ち物が少ないこと
  • 固定費が少ないこと

持ち物は2種類に分類している。まず、生きていくのに最低限必要な日用品一式。これは主に衣類で、いつも使っているリュックに無理なく収まる。これさえあれば温かい地域なら大丈夫セット。

もうひとつは趣味セット。テニスラケット、編み物グッズ、はんだゴテ、珈琲を淹れる器具、多くを占めるのはぬいぐるみ達だ。これはスーツケースにまるごと収まるようになっている。

だから仕事を失ってシンガポールに住めなくなっても、リュックを背負えば世界中どこでも職探しに行ける。趣味セットのスーツケースは日本の実家に送るなり、友達宅にしばらく預かってもらう。そして新しい仕事と定住先が決まり次第引き取りに行けば良い。それに今の家も1ヶ月前に大家にメッセージを送ればいつでも退去できる契約になっている。

とか言って僕の部屋は直下型地震に耐えたドンキホーテみたいなジャングルなんだけど、その実全部ゴミなのでいざ引越となれば全部捨てればいいのだ。

これで失業に伴う引越しの心配がなくなった。

もうひとつは自分の生活費が月にいくら必要で、さらにどうすればどこまで切り詰められるか想像出来ること。貧乏慣れとでも言おうか。

日本で仕事を辞めてドミトリーという雑魚寝部屋で過ごした時間が長いのと、シンガポールのホステルでもバイトをしていた。そんな経験から貯金をなるべく減らさずに安全な寝床を確保するノウハウがある。

これは失職してもどこにでも住めるという自信に繋がっている。

そんなわけで持ち物が少なく、生活にかかる固定費を把握しているので、ミニマリストである限りいつでもどこにでも行けるという感覚がある。

これが僕の強さだ。

モノが人を縛る

仕事を失うことが恐ろしい。

そんな恐怖心に思考力を奪われ、ブラック企業で奴隷に甘んじている人、健康問題を抱えながら毎日身体に鞭打って働いている人は多いと思う。

ところが「恐怖心」「不安感」というのは実に曖昧で掴みどころがない感情だ。僕の場合、具体的には「住む場所」と「生活費」について先が見えないことが不安の大部分を占めていた。そんな教訓を踏まえてシンガポールの雇用が不安定な現地採用で働き始めてからは、この2つを常にクリアにして生きてきた。

だから突然部署が閉鎖され転職と海外再移住を余儀なくされても動じない。いつか来るそのときが来ただけだ。

海外生活の安定と安心は自分で作れる。そのためには持ち物と固定費を計画的に減らしていくのがキモだ。

よろしければ拡散お願いします(=^・・^=)!