スキルが無くてもグダグダこなせる仕事が最高の福祉

てんかん発作とうつ病で障害者手帳3級を持っていた。

そう、僕はてんかん持ち。過度なストレスがかかったり睡眠不足が続くと突然意識がなくなる。それでふと気がつくと救急車とか搬送された病院で目を覚ます。頭にはたんこぶと切り傷。倒れたときの打ち所が悪いと最悪死んでしまうので、日本ではデパケンというてんかん発作を抑える薬を朝晩欠かさずに飲んでいた。

でも日本を出てから6年間1度も発作が起きていないことを考えると、長いこと飲み続けていた抗うつ薬の副作用だった説が濃厚。もちろん抗うつ薬が劇的に効く人もいるのだろうけど、僕のように副作用の方が薬効よりも顕著に現れる症例もある。

だから事実上「処方箋屋さん」と化している日本のメンクリは、根本的な意味で間違っていると思う。

障害者手帳のありがたみ

障害者手帳には様々な特典がある。半年以上メンタルクリニックに通院している人なら持っておいて損はない。

数あるメリット中で僕が1番ありがたかったのが、失業保険の需給期間が通常3ヶ月のところ2倍の半年に延長されることだ。たった3ヶ月で鬱から立ち直って職場復帰しろと言うのはなかなか酷だ。でも半年あれば光が見える。

6ヶ月もの時間を有意義に使えば、かなりいろいろな希望を叶えることができる。まぁ運がよかったにせよ、僕のように英語を身に付け、その期間で海外に活路を見いだすことも不可能ではない。

失業保険の給付額は前職の給料によるけれど、僕の場合は生きていくのに充分な額を貰えた。だから最初のうちは働かなくてもお金がもらえる状況に狂喜乱舞した。

不労所得。これこそ僕が手に入れたかった生活ではないか。

しかも東京都民の場合、動物園や博物館に無料で入れる。都バスや都営地下鉄も無料だ。

これを利用しない手は無い。

昼ごろ目覚めて牛丼を食べ、ぶらり地下鉄に乗り上野に向かう。僕はゾウを見るのが好きだ。荒々しさを秘めたまま檻の中に閉じ込められた巨体を見ていると、社会の中でうまく泳げない自分のフラストレーションに共鳴してなんとなく癒される。

ゾウさんたちの機嫌が悪い日は早々に動物園を切り上げて、上野にあるたくさんの美術館のひとつに気ままに入る。僕は芸術の知識など何もないけれど、色使いが鮮やかな近代画が好きだ。油絵も良いけれどアクリル絵の具で書かれた作品も透明感があって良い。

多分視覚過敏で普段いろいろなものがまぶしく見えるんだけど、絵画鑑賞の時は色が目に飛び込んでくるようで本能的に楽しめる。

そんな怠惰で文化的な生活を1ヶ月くらい続けたんだけど、何故だか次第にもの悲しくなってきた。

この生活には何かが足りない。

社会との接点

その「何か」はシンガポールに移住してホステルの管理人になったらすぐに見つかった。

労働によってお金を稼ぐ喜び。お客さんに感謝される喜び。それが世の中の役に立っているという自信に繋がって「自分はこの社会の一員だ」という安心感をもたらしてくれる。

福祉システムにぶら下がって何もせずにお金がもらえるのは、健康が損なわれて辛い時は本当にありがたいことだ。でも徐々に回復してきたら自力で社会に関わって、その営みの中から利益を生み出す方が幸福度が上がる。

とは言え僕がやっていたホステルの管理人は時給わずか400円。

シンガポールには最低賃金の定めが事実上ない。だから労働契約が成立すればいくらででも人を雇うことができる。これは一見すると労働者が安くこき使われてしまうように感じる。

確かにそういう面もあるだろう。でもシンガポールの一人当たりのGDPは日本のそれを遥かに上まわっている。ここから最低賃金の定めは直接労働者からの搾取につながるわけではないと言える。

最低賃金がない社会の方が仕事の心配が少ない
海南チキンライス、ラクサ、ホッケンミー。 定番のシンガポール料理がお手頃価格で食べられる屋台村、ホーカーセンター。貧乏バックパッカーとして初めてシンガポールを訪れたときはその安さと美味さに驚いた...

そして僕がここで言いたいのは、シンガポールにはスキルがないグダグダな人でも出来る、生産性が低い仕事がたくさんあると言う事だ。

時給400円のホステルの管理人がまさにそれで、文字通り酔っ払っても出来るような仕事だった。給料が安いけれど求められるものも少ない。結果としてこの仕事は日本の社畜労働に疲れていた僕が社会復帰を果たすのに最適なリハビリになった。

日本の労働市場からは、生産性が最低賃金を下回る仕事が軒並み削り取られている。

そのためスキルがないグダグダ人は労働市場から締め出され、誰かの扶養に入るか福祉にぶら下がるほかなくなる。これは社会的な損失でもあるし、グダグダな人本人にしても幸福度が下がってしまう。さらに外国人実習生や外国人単純労働者の受け入れなど、社会の歪みにもつながっている。

僕はもう34歳なので、結婚が早かった友達には小学校に通う子供がいたりする。それで子育てが一段落したから社会復帰しようとするお母さんもちらほら。

ところが日本で働くならば最低賃金以上の生産性を保証しないといけない。

時間に遅れずに会社に行くこと、プロ意識を持って業務に就くこと、人間関係をそつなくこなすこと。この水準の労働を子育てと両立しながらやり続けるのは、誰にでもできることでは無い。

しかも10年近いブランクの後でだ。

実際それで社会復帰を躊躇したり、うまくいかず自信をなくす女友達もチラホラ。もし日本に給料が安いけれど子供が学校に行っている間だけふらりと出来るような仕事があれば、彼女たちは社会復帰の第一歩踏み出しやすくなる。その仕事に慣れたらもっと条件の良い場所に転職することだってできるだろう。

そんな生産性が低いことを許容してくれる仕事があれば、僕だってメンタルを崩しても失業保険に頼らずに日本で社会復帰することができたかもしれない。

こんなふうに生産性が低い仕事と言うのは労働市場の中で社会福祉の側面がある。

生活保護や失業保険のような、どうしようもない緊急事態のときのセイフティーネットはもちろん大切だ。でも最悪の場合のその一段上に、誰でもできる簡単な仕事と言うソフトな安全地帯があると幸福度の高い社会になると思う。

スキルが無くてもグダグダこなせる仕事は最高の福祉だ。