他人を肯定する人でありたいので自然に肯定できる人を探す

僕は2ch全盛期にネットに繋がった世代にもかかわらず「言論空間」と呼ばれる場所にデビューしたのはTwitterが初めてだった。まぁTwitterは言論空間ではなく情報拡散ツールらしいけど(=^・・^;=)

今まで2chに魅力を感じなかったのは、どんなトピックに対しても否定的意見があまりに多いからだ。このブログもたまに5chにリンクを貼られるとネガティブなコメントがわんさか付く。

もちろん自分が完璧な文章を書いているなんて思っていない。至らぬ点や事実を誤認している場合もあるだろう。ただし、個人ブログなんてそんなもんだ。僕の感じ方に近い人たちだけが楽しんでくれればそれで良い。

じゃあ5chがダメなくせに何故Twitterはやってるのかというと「ブロック機能」があるからだ。Twitterで僕と意見が異なるアカウントが視界に入ったら、直接関わりがなくても漏れなくブロックしている。

当然このブログについた否定的なコメントも読まずに全て削除している。今後はコメント文を自然言語処理でネガティブ要素を数値化し、閾値を越えたら自動で削除する予定。

いわば自分でコントロールできる範囲に「言論統制」を敷いている感じ。でもこうすることで価値観が近い人とだけ平和にネットを楽しめからオススメだ。

というのも、素人の議論は時間と労力の無駄。

価値観の方向性が同じであれば、意見のベクトルを足し合わせて意味がある結論を導けるかもしれない。しかしベクトルが逆の人と議論しても打ち消し合ってせいぜいゼロになるだけだ。

極端な話、意見が合わない人とは言葉を交わしても時間の無駄でしかないと考えている。

自然に肯定できる貴重な人たち

これは現実世界の人間関係でも同じ。

「最近こういう出来事があってこう思った」

そんなありふれた話題を聴いた時、自然と「ああ、そういうことがあったら僕もそう感じるだろうな」と思える人と「え、どうしてそこでそうなる!?」と困惑する人がいる。

僕は常々他人の考えを肯定する人でありたいと願っている。全肯定ししもん。無碍に考えを否定されたら誰だって不快になるもんね。

でも…やっぱり「どうしてそうなる!?」って感じる人を肯定するのは疲れるんだ。僕の本心ではないわけで。別にその人が間違っていて僕が正しいというわけじゃない。不幸なことにお互いただ違う感じ方のパラメータがセットされているだけなんだ。

その結果、僕は自然にパラメータが一致する人だけを選んで深くコミットするようになった。もちろん考え方が同じ人と話しているとラクで楽しいってのはある。でも価値観のベクトルが同じ人とだけ付き合う最大のメリットは、むしろ意見が合わなかった時にある。

自然に肯定できる人と珍しく意見が合わなかったら、その時の忠告はすごく大切。いわば「もうひとつの自分の目」で見て間違っていると感じたわけで、それは僕が本当に間違っているのだろう。だからそういう時に受けた批判には真摯に向き合って、改善する努力をする。

考え方が同じ人を探す

そんな都合よく考え方が一致する人間なんていない!

確かに「大衆」と考え方が乖離すればするほど同志を見つけるのは容易でない。でも幸いなことに21世紀は固定された狭いコミュニティのなかで一生を終える時代ではない。

いまや物理的距離はネットで飛び越えられるし、格安航空券で国境も飛び越えられる。新しい出会いが毎日のように発生するグローバル時代は、自分の周りの気の合わない人に我慢する能力でなく、膨大な人間関係の中から一緒に幸福を生み出せる人を選ぶ能力こそが大切だ。

僕は自然に肯定できる人とだけ有益な時間を過ごしていきたい。そのためには日常的に接する狭い人間関係にこだわらず、国境や物理的距離を飛び越えて考え方が近い人を探しに行くのが有効だ。

クラスに友達がいなくても、職場で浮いていても、21世紀ならぜんぜん大丈夫。世界のどこかには似たような考え方の人が必ずいる。