新聞テレビから離れて自分の人生と向き合う

こまめにニュースサイトをチェックしては、せっせと世の中に文句を言ってる人がいる。この政治家がダメだ!不倫した芸能人が許せない!犯罪者予備軍の外国人を締め出せ! …みたいな。

ところが民主主義社会では政治に1人1票分しか影響力がないし、不倫相手が自分じゃない限り芸能人の素行を変えられない。そして好き嫌いに関わらず今や外国人労働者なしに今の日本社会は廻らないんだ。

平和ボケと揶揄される日本でも反政府デモみたいなのが起こるけど、何年経っても現政権が打倒される兆しは見えない。どうやら閉塞した民主主義社会を自分の理想的な場所に変えるのはとても難しいようだ。

心のエネルギーが少ない僕にとって、自分の意思で変えられない問題について悩むのは百害あって一利なし。だから意識して時事ネタに触れないようにしているし、いつも社会問題に怒り狂ったり心配しすぎてる人からも一定の距離を置く。

感情に引きずられて僕までメンタルを削られるからね。

今日はマスメディアから自分を切り離して、必要な情報だけを能動的に取りに行くとラクに生きられる話を書く。



世直しは元気な人に任せよう

マスメディアの凋落が著しい昨今、ワイドショー的に自分に直接関係ない情報をのべつ幕無し受容する人は減ったように思う。これはテレビ番組がボリューム層である老人ばかりをターゲットにしていること、ニュースや新聞の報道が真実と乖離していること、それに加えて情報への接し方が変化したのが大きい。

例えばブログのアクセス数を増やそうと思った時、SNSの拡散より検索エンジンからの流入を重視する。これはSNSからの流入が野次馬的なのに対し、検索エンジンからは自分の発信した情報を能動的に必要としている質の良いアクセスが集まってくるからだ。

ネットに常時接続された現代人が触れる情報量は、人間の脳の処理能力を凌駕している。だからマスに拡散される情報を追いかけたらキリがなく、必要な時に必要な情報を能動的に取りに行く姿勢が求められる。

ゆえにマスメディアが撒き散らす時事ネタは百害あって一利なし。単なる心の雑音だ。

「政治に興味を持たないのはけしからん」
「社会に対して無責任だ」

はいはい(=^・・^;=)

ごもっとも。自分の生きる地域社会に興味を持って積極的に参加していくのは大切だ。でも僕は僕自身のことで精一杯だから、そういうのは元気で余裕がある人が勝手にやってくれればいいよ。応援してるぜ。

そのいっぽうで僕は「足の一票」を標榜している。

僕は自分が暮らしやすいと思う社会に国境を越えて移り住み、その場所に労働力と税金を提供する。その地の選挙権は要らない。その社会が僕に不都合な場所に変わってしまった時には、荷物をまとめて跡を濁さず出ていくまでだ。



自分の人生だけは自分で変えられる

テレビや新聞みたいな情報ノイズを排除すると、自分自身のことについて考えるようになる。具体的には自分にとっての「良い社会」には何が必要か見えてくる。

僕の場合はユルく働けること、男だから三十路だからみたいな属性で役割を押し付けられないこと、常識の縛りが少ないこと。

でも今いる社会でこうした「風習」に基づく環境を変えていくのはすごく難しいことだ。法律や制度というよりもその地に暮らす人たちが積み上げてきた気質みたいなもんだから、そんなの選挙で政権交代が実現したところでどうにもならない。

残念な事実として、名もなき個人が変えられるのは自分自身の人生くらいなもんだよね。

そう考えるとマスメディアが垂れ流す情報ノイズに張り付いている人は、自分の人生について考えたくないのかもしれない。自分の人生に全然満足していないけど、リスクを取って改善していく勇気もない。だからテレビの前でどっかの誰かに文句をいって、自分の人生から逃げている。

そんなの民主的な社会参加じゃなく単なる現実逃避だ。

取るに足らない人生に目を向けるのはツラいけど、長い目で見れば自分で行動を起こしたほうが良い結果に近づける。芸能人やダメな政治家のために貴重なメンタルをすり減らすのは止めて、唯一自分で変えられる自分の未来と向き合おう。