東南アジアの一番高い場所で迎えた夜明け

深夜2時半。ここはマレーシア領ボルネオ島。しかも標高3300mの山小屋である。

よしかつ琴音、そしてワタクシししもんというシンガポールブロガー3人組は、世界遺産キナバル山の中腹で不安そうに天気を伺っていた。

漆黒の空からは雨がドバドバ降り続き、1分おきに岩でゴツゴツした山肌が稲光に照らされてあらわになる。続いて腹の底に響く雷鳴…。

こんな過酷な状況でこれから4095mの山頂まで登ろうというのだから、いま客観的に文章で見ると狂気の沙汰としか思えない。でも同じ小屋に泊まっている登山者たちは0℃近い気温に耐える服装に暗闇を歩くためのヘッドランプも装着した完全装備で登山開始を待っている。

いくら赤道に近い熱帯雨林の山とはいえ、陽光が途切れた4000m峰では夜明け前に気温が0℃を下回る。でも氷点下の気温とこの程度の雷雨もガチの登山者にとっては取るに足らない状況らしい。マレーシア政府の要請でキナバル山登山者は現地でガイドを雇わないと入山許可が降りない。だからこんな悪天候でも自分が雇ったガイドが迎えに来るのを今か今かと待っているのだ。

ヤバい(=^・・^;=)

そんな熱血登山家には欧州系白人がなんとなく目立つ。もちろん地元マレーシア人のクライマーも多いのだけど、これ程の悪天候でも早朝から頂上アタックを狙うのは、おいそれと「次のチャンス」を得られない遠方からの外国人登山者が占める。地元の人は入山料をもう一度支払ったとしても最高のコンディションを次回に求めることが出来る特権を持っている。

そんな一度限りのチャンスに運命を託す外国人登山者の1人がトモコである。

彼女は沖縄人の母と白人父のハーフで、ハワイで生まれ育ったアラフィフのアメリカ人。数時間前に仮眠に入る前に晩飯の席で知り合ったばかりだけど、彼女の脳漿ダダ漏れマシンガントークのお陰で人となりはだいぶ把握できた。

「このくらいの雨なら入山規制はないでしょう!だいいち、こんな大勢がフル装備で待機してるのに今更中止とか有り得ないわ」

彼女はハワイアンアメリカンにも関わらず、どこか大阪のオバちゃんのノリなのである。

なるほど。それならば「超局所的日本代表」としてシンガポールブロガーの我らも負けてはいられない。

そんな話をしているうちに僕らが雇ったガイドが迷彩柄のポンチョ姿で現れた。「天候が悪化したら引き返すからな!」というガイドのおっちゃんの言葉に、睡眠薬が若干ハングオーバーした眠い目をこすって上の空でSure!とか返事をした。

そして僕らは雨天の霊峰へ飛び出した。

今こそシンガポールブロガー集団の底力を見せてやるぜ。

あ、そういえば僕らのパーティにはシンガポール男子ウェイリャン氏もいるんだけど、前日の登りで体調を崩してしまい山頂(ピーク)に向けたアタックを辞退することになった。残念だ。見事山頂にたどり着けた暁には、4095mの記念写真に卒アルの欠席者っぽく青空を背景にアイコンをPhotoshopしてやる所存。

「超」健常者の趣味

それにしても登山とは過酷な趣味だ。

僕は学生時代に富山県の2000m級の山岳地帯で住み込みのアルバイトをしたことがある。そこは観光バスで上がってこられる観光地なんだけど、足の不自由な人たちが登山道の舗装を見直すよう署名活動をしていた。

現状の石畳をコンクリートで舗装すれば車椅子でも登山を楽しめると。

僕はそこで山岳パトロールの仕事をしていたんだけど、夜な夜なこの話題で同僚一同と議論になった。

確かに石畳のデコボコをセメントで埋めれば車椅子でも入れるようになる。でも脚が不自由でなくても転倒して怪我人が出る中、急斜面の車椅子で事故が起きた場合に誰が責任を取るのか。そもそも2000m級の高山なので救助体制も完璧には整っていない。更にそのような危険性を知りながら車椅子の人たちに向けて観光案内するのは倫理的にどうなのか。

山好きの学生が集まるアルバイトだけに、このような白黒つけがたい白熱した議論が繰り広げられたのを覚えている。

そう、登山とは「超」健常者のみが楽しめる過酷な趣味だ。

僕とて「超」健常とは言えない。

トイレのない環境で突発的に下痢を催す過敏性大腸炎。寝たくても寝付けない睡眠障害…。だから今回も腸の蠕動運動を強制的に止めるクスリと睡眠導入剤を飲んでの挑戦である。

それに普段健康そのもののシンガポール人男子氏でさえ慣れない高山で体調を崩してしまった。登山を楽しむには慢性的な病気を持っていないことのみならず、過酷な環境に突然放り込まれても即座に順応するタフさも求められる。

睡眠薬は高山病を誘発するのでまさに命がけ。我ながらそこまでするかと呆れるほどだ。だから雨が降り荒ぶ中暗闇に飛び出していくとき、僕の頭にはそんな「超」健常者の世界へ侵入する緊張が渦巻いていた。

選ばれし者のための異世界

やはりこんな悪天候で登り始めたのは無謀だったのかもしれない。雨が降り荒ぶ漆黒の闇の中、2時間ほど良く整備された登山道を登っていくと国立公園管理局のゲートで足止めを食らった。あたりはようやく森林限界を超えたようで、鬱蒼とした森が途切れて鋭利な岩肌がむき出しになっている。人間の背丈より高い植物は生存できない過酷な環境。

これより上は雷雨が激しいため入山を禁止すると。

この決定を受けて僕らのガイドは入山ゲートの前で待機を決めた。氷点下の気温、冷たく降りしきる黒い雨。時折激しい稲光により邪気のある険しい斜面が照らし出される。

これからあんな絶壁を登るのだ。電気が通っておらず発電設備もないため、暗闇の管理小屋の照明はもっぱらロウソク。このホラーな迫力もあり、天候の回復を待つ決定に異論を唱える物は誰一人いなかった。

登るのを止めると一撃で身体がシンシンと冷えてくる。隣で琴音嬢がカタカタ震えている。ここまで登って来た2時間が徒労に終わり、なんの成果も得られないまま元来た道を降りるのか…。風邪で寝込んでいるシンガポール男子氏が正しかったのかもしれない。

そんな失望感に苛まれながら30分ほど雷雨に打たれながら佇んでいたと思う。

そしてそろそろ寒さが限界を迎える頃ついに雨脚が弱まり、ゲートを解放するアナウンスがなされた。

とは言えまだ雨はシンシンと降っている。それでも僕らのガイドも「雨脚が激しくなったらすぐに引き返す」旨をぶっきらぼうに説明しておもむろに登山再開となった。

でも奇跡は起きた。

鋭利な岩肌を這って登るうちレインウェアを叩く雨音が弱まってきた。そして空を見上げればなんと雲間に覗く月明かり。まだ霧で霞んではいるものの、金星とおぼしき星も雲間にぼんやりと瞬いている。

そこから闇夜が白んで雲が完全に晴れるまでそんなに時間はかからなかった。

一気にテンションを上げる琴音嬢、そして夜明けを前に急登に音を上げる三十路のよしかつ氏とワタクシししもん

まだまだ若い気でいてもやっぱ年齢って残酷。

登山においては女性の方が総じてタフだ。これは生半可な筋力よりも、持ち上げる体重が軽い方が効いてくるかららしい。琴音嬢の説明によると東ティモールがインドネシアに侵略された際、夜な夜な山岳地帯を逃げ延びたのはもっぱら女性と子供だったという。

ししもんは下山したら三十路腹を凹ませようと決意した。

3300mを超えても森林限界が来ない熱帯の霊峰も、流石に4000mのココまで登ると目立った植物は皆無。その辺りの高度からは砂岩でできた一枚岩をロープ伝いに這い上がっていくキナバル山最大の難所。

もう振り絞る空元気さえも枯渇して、上の空で脳の司令を受け付けない脚にムチを打つ。

でもそんな状況でも白んでくる闇と嵐が遠ざかっていく様は素晴らしく、自然が作り出すイリュージョンそのものだった。地平線で時折稲光がきらめく。その周りはまだ真っ黒い雲に覆われているけど、東の空から徐々にオレンジ色に染まり白い雲が瞬きする度に薄くなっていく。

日の出が近い。

残念ながら地平線上に雲が多くて明確なご来光は拝めなかったけど、雲間から太陽がその日一番に顔を出した瞬間の息を飲む暖かさ。それまで凍えながら暗闇に耐えていたのが陽光に照らされた瞬間に解けていく。やっぱ太陽って暖かいんだ。

あの一瞬の感動は忘れられない。

ひとり旅を好むししもんだけど、この時ばかりはまた同じメンバーで世界の山を攻略できたらどんなに幸せだろうと身震いした。志を同じくする仲間がいるって素晴らしいな。

コラボ記事だよ

同じ場所で同じことをしても、人によって捉え方は様々。さらにブロガーとしての表現も個性が出る。

最後に今回一緒に冒険を共にした琴音嬢とよしかつ氏の記事をご紹介。感情描写が多いししもんブログに比べて、両氏の文章からはキナバル山登頂を狙うなら役に立つであろう客観的な情報が得られるはず。

ぜひご一読賜りたく(=^・・^=)♬

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