【ハルアキラ 第1話】労働について

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

ある日の夜、僕らはバーにいた。

どうして人は働くんだろうね、ハルが呟いた。仕事を辞めて昼間からビール片手に街をブラブラしていたアキラにはタイムリーな話題だ。

そりゃ、食いっぱぐれないように働かなきゃいけないんじゃん?少なくとも僕は飢えないように仕方なく働いているし、もし油田を掘り当てたら二度と労働なんてしないね。

何もしないでいるってこと?

僕としてはやりたい事を気ままにやるかな。酒を飲んだり文章を書いたり街をブラついて写真を撮ったり。確かに時にそんなランダムウォークがカネを産むかもしれないけど、そういうのは労働とは違うんじゃないかな。

そうね。お金を手に入れるために働くってことね。でも仕事で手に入れられるものって、お金だけじゃないでしょう。気の合う友人が見つかるかもしれないし、自分一人では得ることが難しいスキルを鍛えられるかもしれない。ダメ出しやアドバイスを受けられる環境にいられるのは、素敵なことだと私は思うわ。

友達はこうしてカフェで見つけるさ。ハルみたいなやつが会社にいるとは思えない。それに仕事上の関係は同僚や上司や部下。権力と利害によって結ばれた関係は「友達」なんてふんわりしたもんじゃないと思っちゃう。僕はそういう連中からアドバイスとかされても余計なお世話だね。

アキラは、昔はオフィス勤めだったのよね?

そうだよ。毎日コンクリートの檻に閉じ込められた家畜みたいな気分だった。

そこでは一切、誰との関わりもなかったの?

プライベートのことは話さないようにしてた。だって仕事で必要な伝達事項以外は仕事の人間関係に必要ないじゃん。

それは、随分と寂しいわね。

ふん、余計なお世話だい。ビールもう一杯頼むよ。

あ、私も。もう一杯。

ふー。めんどくせぇ。マジでなんなんだろうね。自分でも頑固だと思うよ。でもどうしても仕事で出会った人間を友達と思えない。愚痴とか不安とか闘争心とか、こうして飲みに行ってもしっぽり語るみたいな雰囲気にならないしさ。

仕事仲間、はね。でもそれと「アドバイスとかされても余計なお世話」と思うのは別問題だと思うわ。アキラが仕事を否定するのは、職場に友達のような関係を求めていないからではない。本当はみんなと腹を割って話したいのに、「権力と利害によって結ばれた関係」しか結べない環境が嫌だ。そう言っているように感じるの。

あー、そうかもなー。だって自分がドジると相手にシワ寄せ行って陰口叩かれたり、飲みにいっても職位とか気にしながら言葉を選ばないといけない。まるで地雷原をホフク前進してるみたいだぜ。あーウゼェ。明日からその辺で油田掘るわ。

はいはい、とりあえずビール飲んで。

ほい笑

アキラ、あなたの人生の大半を知らずして、これが正しいかわからないけれど。つまり嫌われるのが、怖いわけね?仕事でミスすると評価が下がってしまう。飲み会で相手を立てないと好かれない。

そうそう!ハルわかってんじゃん!仕事を進める手順とか、手を抜くポイント、逆にめっちゃこだわり持って完璧にやりたい作業。そういうのをイチイチ上司や同僚と擦り合わせていかなきゃなんない。それってほとんどの場合、自分を曲げて妥協して我慢することじゃんか。しかも僕の人生の大半を知らないハルでもわかる通り頑固だからさ。自分のこだわりをブッ潰してまで評価とか要らんし同僚の人気者になる意味がわかんね〜。ねぇ油田って気合い入れればスコップで掘れるかな?明日ホームセンターいかね?

気持ちはわかるわ。

だろ笑

けど。「自分を曲げて妥協して我慢」しているのが自分だけだと思い込むのは、ちょっと高慢じゃないかしら…。

そりゃ誤解だよ。コンクリートの檻に大量の人間をブチ混んでるからみんな我慢しなきゃなクソな状況が生まれる。

じゃあ、言い方を変えるわ。そのコンクリートの檻の中に向かって、働かせてくださいって志願したのは、アキラ自身よね。自ら声をあげない限り、黙って座っていても「擦り合わせ」にYesと言っているようなものだわ。

飢えないようにやむなく収監されたわけ。新卒採用から定年まで懲役40年っていうじゃん。もはや冬前に凍死しないように万引きして刑務所入るホームレスの心境さぁ。そういうハルはどうなんよ?仕事大好きキャリアウーマンってか?早死にするぜ。

まあ良い人間関係には恵まれているからね。あ!花火!

おぉマジだ。クソもうこの季節かよ。早いな。あっちの屋上のバーに行こうぜ。まだ間に合うっしょ!

たかが炎色反応で人工的に作り出した泡沫の彩りにも関わらず、古今東西文化や歴史を違えても祭り事に花火を打ち上げるのは何故だろう。人々は空を見上げ、鮮やかに照らし出される見慣れた街並みを好きになる。きっと今日もそんな夜になる。

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。