もう好きなことだけして生きていくしかない

親が理解してくれない、学校に行きたくない、日本企業で働きたくない、日本に住みたくない…。僕の人生を振り返ると、なんか周りに文句ばかり言っている気がする。

きっと親も学校も日本企業も日本社会もみんなマトモで、むしろそれにマトモに適応できなかった自分が落伍者なんだろうな。

でもね。一応僕だって社会的期待に応えようと、自分なりにマトモであろうと努力を重ねてきたんだよ。

親の期待にこたえなきゃ、浪人も留年もしちゃダメだ、新卒で入った仕事が出来ないならどこへ行ってもダメだ、日本で上手くいかないのに外国で上手くいくはずがない…。

こんな風に自分の不満を封じ込めて無理やり「真人間」であり続けようとしたんだ。ところがその結果ウツになってやらかして病院送りになってしまったんで、もうどうしようもないじゃないか。

たぶんきっと僕の「嫌だ!」という気持ちは強烈で、嫌だと思ったら文字通り死を選ぶほど嫌なのだ。

だから僕は周囲とぶつかり合い傷つきながら、生涯この強烈なワガママを突き通すしかないのだろう。

人生あと40年くらい

ウツになってからも強烈な不満から放出される負のエネルギーに突き動かされるように、僕は英語を積み増したり海外にツテをこしらえたり、不満を解消する努力だけはコツコツ続けた。その結果いろいろあったけど全部を無理やり叶えてシンガポールで米系企業に転職することができた。

日本のアレコレから物理的に離れ、海外の外資で働く。まさに理想の人生を実現させたわけだ。

そしてその後6年もの間、シンガポールで安定した毎日を送ることができた。慣れ親しんだ日本より、海外で働いていた期間の方が長いことになる。

ところがシンガポール生活も2年くらい経った時から、またフラリどこかへ行きたい衝動が芽生えた。当然ウツになるほどの不満はないし、日本で棒に振った20代前半とは比較にならないほど幸福な毎日。

それでも。

おそらく僕は同じ場所で同じ人と同じことをずっと続けることが絶望的に苦手なのだろう。だからどんな恵まれた場所で素晴らしい人たちに囲まれていたとしても、何年かすると何もかも投げ捨てて放浪したい衝動が芽生える。

もっと違う場所で違う体験をしたい。新しい国で新しいことに挑戦したい。異国で暮らすアホほど個性的な人たちと一緒にビールを飲みたい。

しかももう、人生あと40年くらいしかない。身体が自由に動く時間はもっと短いかもしれない。だから正しくマトモであろうと自分を型に押し込めてる時間はないんだ。

来るべき死の瞬間まで、衝動に任せて最期に後悔するような「やり残し」を1つ1つ潰していきたい。

そのためにはまず、毎日会社に限りある時間を売るような生活を止めなくては。

好きなことだけして暮らしたい

「好きなことだけして暮らしたい」

そう願っていたら、なんと部署の廃止により会社都合退職になっちゃった。ちょっと拍子抜けだけど、考えようによっては願ったりかなったり。

割り増しで支給された退職金と、余りある自由時間。そんなニート生活ももう2ヶ月目に入る。まさに「それならもう好きなことだけして暮らせよ」と背中を押してもらった感じ。

だから退職からここ1ヶ月、好きなことだけして暮らしている。

数千円で買える小型コンピュータRaspberry Piで自作のプログラムを動かす。機械学習で野良キャット様を画像認識して、自動でカリカリ餌を放出する「リアル猫集め」。こんな大人の自由研究ともいえるしょうもない装置の製作に、24時間を思いのままに投入出来る。

いやぁ、控えめに言って最高。人生で今が一番幸福と断言出来る。

もう好きなことだけして生きていくしかない。