社畜の時間、起業家の時間、無職の時間

僕はインド人街に好んで住んでいる。

たまに刃傷沙汰とか起こるので、超安全国家シンガポールにおいては危険地帯とされるエリアだ。それでもそんなカオスな雰囲気がなんだか癖になるんだよね。きれいな裏路地もたくさんあるし。

そんな街の外れに、僕がかれこれもう4年も通っている八百屋がある。

そこはいわばインド人のインド人によるインド人のための店って感じ。客層や店員さんもほとんどがインド系シンガポール人かバングラデシュみたいな南アジアの人たち。

だからこの地区はなんだか「普通」のシンガポールとは一線を画す。

まず客も店員もめっちゃしゃべる。もうね、店にいる全員が常に誰かと怒鳴りあってる感じ。客が少ない時は電話ごしにまくし立てる。語気が強いので最初は文句言いまくってると思ってたんだけど、たまに爆笑しているからこれが彼らの談笑スタイルなんだろう。マジでよくそんなに話すことがあるよなと思う。

しかも仕事中だからね。片手にケータイ持って怒鳴りながらレジ打ちとか普通。もはや電話の方がメインタスクなノリ。

当然それで仕事の能率は下がる。

レジ打って、袋を取り出して、野菜を入れて、カネを受け取って、数えて、釣り銭渡して、釣り銭が間違ってて、もっかい数えて…。

その全てがスローモーション。レジ打ちとカネを受け取るタイミングの間に袋詰めが入るので、そこでミスが発生するし無駄に時間もかかる。

ゾウの時間、ネズミの時間

こんないい加減な接客を社畜帝国ジャップランドでやったら動画撮られてTwitterに上げられる勢い。でも一人当たりのGDPで日本を凌駕する生産性の高いシンガポールにも、当然そんなトロい仕事をしているとイライラし始める人がいる。

特にここ数年はインド人街でも再開発が進み、奇抜なデザインの星付きホテルや高層コンドミニアムがニョキニョキ生えている。そんな旅行者や新住民は、一向に進まないレジの列に辟易して商品を棚に戻して立ち去る人も。

うん、その気持ちめっちゃわかる(=^・・^;=)

さっきも僕の前に並んでいた中華系シンガポール人と思しきスーツの男性が、並びながらめっちゃイライラしていた。彼は公営駐車場のパーキングチケットを手に持っていたので、おそらく駐禁切られる前にクルマに戻らないと罰金を食らうのだろう。なのに店員がトロくてレジが進まない。そりゃイライラするだろう。

その一部始終を見ていた僕は「ゾウの時間、ネズミの時間」という本を思い出した。

哺乳類の心臓は産まれてから死ぬまでに15億回程度打つという。この回数は種によらず、ゾウみたいに寿命が長い大きな動物はゆっくりと拍動し、ネズミにように小さく短命な生き物は0.1秒に1回という爆速で鼓動している。

さらにこの脈拍のスピードは時間の捉え方にも影響しているらしい。

ゾウより18倍速く鼓動するネズミは、18倍密度の濃い時間を過ごしている。だから2、3年で死んでしまうとしても、彼らにとってはそれなりに長い年月に感じているハズだと書いてあった。だからもしネズミとゾウが会話したとしたら、ネズミばかりペラペラ喋って、ゾウが「えぇ〜とぉ…」と18倍遅く返事を考えている間にネズミはイライラするに違いない。

ゾウにしたら普通に考えているだけなのに、意識する時間が18倍遅いのでネズミをイラつかせてしまうのだ。

社畜の時間、起業家の時間

インド八百屋でも似たようなことが起こってるんじゃないかな。

もちろんのんびりユルいインド系店員さんもセカセカ中華系のお客さんも、同じホモ・サピエンスなので拍動のスピードも同じはず。でも所属している文化や人種によって、意識する時間の流れは全然違うように感じる。

僕はこんなことを考えながらレジの列にのんびり並んでいたんだけど、次に気付いたのはセカセカ速い時間で生きている方が有利だとは限らない事実だ。

八百屋のノロノロおっちゃんは経営者。八百屋の店長などたかが知れてると思うけど、この店はムスタファというデパートの真向かいに店を構える有名レストランの系列だ。そこの経営者一族とあればそれなりのご身分に違いない。

実際に彼はのんびりしているようで近隣の不動産を次々取得して、着実に「領土拡大」に成功している。3年前にはレストランの2号店を出したほど。

一方、レジ待ちの列でイラついていた中華系の兄ちゃんは風貌からおそらく勤め人だろう。いわば彼はセカセカ「働かせれて」いる。その速いペースが彼の鼓動にあっているなら良いけど、周りの流れとギャップが広がってイライラするようではあまり幸せそうに見えない。

ネズミのようにセカセカ動いてエサをかき集めるもよし、ゾウのように長い目で世の中の動きを読むもよし。

僕は人間界で最もゆったりと流れる「無職の時間」にのって、笹船のようにのらりくらりとゾウとネズミの人生模様を観察していこう。