9月いっぱいでシンガポールのビザが切れるため、とりあえずどっかの国に移動することになりそうだ。結局、6年の永きにわたりシンガポールにお世話になった。
住めば都と言うけれどまさにそうで、天井から汚水が滴る家賃5万円の部屋も運転の荒いタクシーも、6年の間に全然気にならなくなった。
それどころかホーカーご飯に至っては恋しくなること必至である。牛肉入り餡掛け焼きそば干炒牛肉河粉、野菜たっぷりの激辛炒め麻辣香锅、骨付き羊肉がドカッと入ったインド炊き込みご飯マトンブリヤニ。ラーメンさえ別盛りでお持ち帰りにしてくれる便利さと、ニンニク増し増しなど味を微調整してもらう楽しさ、そして何より大火力で目の前で熱々料理を作ってくれる豪快さはシンガポールを離れたら1週間もかからずに恋しくなるだろう。
途上国MAXの法則
とは言え6年経ってもどうしても馴染めなかった文化もある。
冷房だ。
シンガポールの冷房はあまりにも過剰。会社をクビになってからは毎日図書館やカフェにパソコンを持ち込んでカタカタ作業しているんだけど、ユニクロのフリースがないとあまりの寒さに耐えられない。場所によってはフードまでかぶる勢い。とある図書館で設定温度を確認したらなんと16℃だった。しかも実際に16℃になってそうなキンキン具合。
冬かよ(=^> <^;=)
そんなノリで電車もバスもレストランも、どこもかしこも冷蔵庫のようにキンキン。節電とやらで熱中症になるまで冷房を使わせない日本も狂ってるけど、空調設備の限界に挑むような設定温度も逆の意味でアタマがおかしい。他にも例えばシンガポールのエスカレーターはモーターの限界に挑戦する勢いで爆速。だからか知らないけど故障していることが多い。
シンガポールに移住した当初、この過剰冷房文化を「途上国MAXの法則」だと考えていた。
スピーカーの音量は最大、クルマのアクセルはベタ踏み、水道の蛇口は全開。同じように台所の火力は強火一択なので、途上国料理は炒め物と揚げ物ばっかりなのだと理解している。途上国ではマシンの性能を景気よく最大まで引き出すのか美学であり「おもてなし」なのだ。
シンガポールの過剰冷房文化にも、おもてなしという側面が確実にある。
自宅では「勿体ない」「体に悪い」と言って冷房を使わない人が多いのにも関わらず、客商売、特に単価が高い店になるほど設定温度が下がるのもそれが「おもてなし」だからだろう。せっかく良いレストランに行ったのに店内が寒すぎて料理に集中できないこともある…。
シンガポールの疑似科学
ところが長く暮らすうちにシンガポールの人たちがクーラーの冷気を信奉する別の理由を知った。
どうやらこの国の人々はクーラーを通して冷やされると、空気が浄化されると信じているフシがある。
実際は汚れたフィルターでカビ臭くなっているにもかかわらず、混雑したバスでわざわざエアコンの風が直接当たるように風向を調節する人も。そんなことしなくても車内はキンキンに冷えている。だからより冷えたいというよりは、他人の吐息がバス車内に充満しているように感じて気持ち悪かったのだろう。
マイナスイオン、コラーゲン、血液型占い。日本の幼稚な疑似科学には目に余るけど、シンガポールも似たようなもんだ。
他にも1度冷めたご飯は体に悪いというのがある。食べ物が痛みやすい熱帯地域っぽい考え方だけど、会社帰りにホーカーでお持ち帰りした野菜炒めを翌朝レンチンして食べようとしたらシェアハウスの同居人に止められた。曰く、安い油を使ってるから1度冷めたら食べないほうが良いと。油とレンチンの関係とは…。
あと、電子レンジは熱を発する化学物質をふりかけて温めていると考えている人もいる。彼らにとってサランラップとはその化学物質から食べ物を守るものであり、不精な僕がラップせずにレンチンしていたら同僚のおばちゃんに「それは食べないほうがいい」と言われたことも。ラップで化学物質を排除したら表面しか温まらないんじゃないかと思うのだけど…。しかも面白いのはラップを透過しちゃった化学物質は10秒くらいパタパタ手であおげばあらかた揮発するらしく、レンチンした熱々肉まんを即座にほうばると怒られたりもした。
理解する姿勢
まぁそんなことはどうでもいいとして。
まとめると、シンガポールの過剰冷房文化にはおもてなしの側面があり、それは単純に部屋を冷やすだけじゃなく「清浄でフレッシュな空気」を提供するという意味もある。そこには家電製品の仕組みを疑似科学的に誤解していることが根底にある。
あと、この疑似科学はシンガポールで空気清浄機がイマイチ流行らない原因でもあると思う。普通のエアコンが空気を浄化してくれるなら、空気清浄機など冷房機能がない「片手落ち」のマシンにしか見えないだろう。
さらに無視できないのはシンガポール人の中にも「冷房があまりにも寒すぎる」と感じている人が一定数いること。僕はお気楽外国人だからカフェや図書館で大げさに防寒着で着ぶくれしてフードまで被っているけど、この国で生まれ育った人にはピア・プレッシャーがかかっている。だから大げさに防寒対策をすると友達に馬鹿にされるっぽい。これはツラいと思った。
そんなわけで僕が6年間シンガポールに住んでも慣れることが出来なかった過剰冷房文化。でもこうしてシンガポールの人々の考え方や感じ方に興味を持つキッカケになったので、今では昔ほどの拒否感を持っていない。
来月から僕は別の国に移ることになるけど、どこへ行っても現地の文化に馴染んでいこう。なかには相慣れない習慣もあるだろう。でも現地の人たちを理解する姿勢を忘れなければどこへ行っても楽しく暮らせると確信している。