働き盛りに働いていない喜び

日本に帰ってきたらマツモトキヨシに「松本清」と書かれた黄色いノボリがはためいてて、思わず笑ってしまった。中国人爆買い客を狙ったアプローチなんだろうけど、中国語普通話で発音したら「ソンベンチン」…。

ションベ…。チン…。ベルギーにある世界3大ガッカリ像が頭に浮かんだししもんでありました。

そんなことはどうでもいいとして(=^・・^;=)

僕は中華文化圏から戻ってきたわけで、日本国内のインバウンド需要には興味がある。もしかしたら医薬品について微妙な中国語で書かれたポップや販促バナーがあるんじゃないか。中国語ネイティブの店員さんが常勤していて、普通話と台湾語と日本語英語でマルチリンガル接客!みたいなクールなジャパンの多様性がそこにあるんじゃないのか。

ところがワクワクして店内に入った途端、僕の意識は店のBGMにまるっと持っていかれてしまった。

GLAY、Beloved。

1996年。往年のJ-POPである。いやー、懐かしい。当時ししもんはピカピカの中学1年生。あの頃から発達障害の過集中を勉強に使えるようになり、僕の人生がゴゴゴっと動き出した感がある。あと二次性徴の影響で脳の回路が再構築されたのか、それ以降、日々の出来事をフラッシュバックするほど鮮明に記憶できるようになった。

勉強は出来たのに仕事でコケたら海外へ
明日で僕は34歳になるんだけど、ここまで全て記憶力だけで生き抜いてきた気がする。 とりあえずたくさん苦手なことがあるけれど、生きる上でめっちゃ番困るのは同時に1つのことしかできないことだ。 ...

だから95〜2005年くらいまでのJ-POPは様々な思い出や記憶に深く結びついている。

当時のCMで使われていた曲、合唱コンクールの自由曲、初デートで入ったファミレスのBGM…。そんな幸せな記憶だけならいいんだけど、空気が読めず仲間うちでハブられた記憶、振られた記憶、クラスに溶け込めなかった記憶…。そんなトラウマも当時の音楽と深く結びついていて、それがふとした拍子に耳に入ると昔の記憶が意識に流れ込んできて「うっ…!」と身構えてしまう。

なお2006年からは人生の暗黒期だったため、2012年くらいまでの記憶がごっそり欠落している。鬱病とはそれほど恐ろしい脳の病気なのだ。

嫌な記憶にまとわりつかれた時の対処法
以前、真人間ラインを意識して会社を休もうと書いた。「真人間ライン」とは、対処すれば容易に元気に戻れる程度の精神ダメージ。もし真人間ラインより病んでしまうと、メンヘラゾーンに突入して数年単位の時間を闘病...

働き盛り

床屋、ファミレス、コンビニ、カフェ、牛丼屋…。

最近、街で90年代J-POPが流れすぎじゃないか!?日本に帰ってきてからBGMのせいで思春期のトラウマがフラッシュバックしまくり。

思えばシンガポールに進出している日系ラーメン屋でも似たような状況になっていた。他にもシンガポールの銀座、オーチャードロード。ここにドン・キホーテと共にやってきた北海道マルシェという日本食街でも、BGMは四六時中90〜2000年代のJ-POP。

そろそろメンタルがキツいぜ…。

これはおそらく30代半ばである僕の世代が、BGMの決定権がある役職、店を任される立場に就任するようになったからだろう。最近の日本は個人情報がガバガバなのか、ファミレスはもちろんスーパーの野菜にまで現場責任者が実名顔出しで晒されている。恐ろしい。

でもそんな店長の御尊顔をマジマジ見ると、ドンピシャで僕の世代なのである。

ドン・キホーテや北海道マルシェのシンガポール進出を実現したチームも、もしかしたら中核は30代中盤なのかもしれない。

働き盛りってやつか。

外国人マインドは気楽だ

働き盛り。

昔の同期のなかには、そろそろ年収が1千万円に到達するヤツもいると聞いた。現場を任され役職を授かり、その働きぶりに見合う収入を得る。結婚してマイホームを買った連中も多い。

すんげー。

以前の僕なら自分の境遇と比べては無駄に凹んだり卑屈になったんだと思う。でも今回帰国して気づいたのは、すでに僕のマインドは「外国人」なんだってこと。

外国人として外国に住むと、その国の成功者が得るべき年収やステータス、そこに至るための努力が読めないので気楽なんだよね。移住してしばらくして文化に馴染んでも、それは彼らの人生であって国をいずれ去る自分には関係ないと一定の距離をおいて客観的に理解するにとどまる。外国で外国人をしていれば、無駄に他人と比較して悩まなくて済むのだ。

そして今まさに僕は日本でもその境地にいる。

勤続15年。新卒で就職した会社でそのままバリバリ仕事するとか、それは僕の生きている銀河系とは異なる物理空間での現象だ。アンドロメダ星雲のとある惑星では終身雇用を全うするのが善であるとか言われても「へぇー」くらいのものだろう。

そんな感じ。

所詮「こうあるべきだ」という理想の人生なんて、せいぜい半径1000kmくらいの局所的空間でのみ成り立っている土着の宗教みたいなもんだ。もしその特殊な教義しか知らなければ、その教えから外れることに罪悪感を持ったり劣等感を抱くこともあろう。でも一度他の宗教に出会えば、それもたくさんの考え方に出逢えば、自分が絶対視していた価値観が多様性の中の極一部であったことに気づく。するとそれまでの自分、自分の周りをとりまく人たちを客観的に捉えることが出来るんだ。

平日の昼に東京多摩の鄙びた銭湯でお湯に浸かり、ビールを飲みながらこの文章を書いている。僕は僕の人生に満足している。誰とも比較することなく、僕が過ごしたいと思う時間を自分のペースで実現できていることに喜びを感じている。

これは僕が日本を出て得た成果の1つ。それはもはや働き盛りに働いていない喜びだ。

みんな!無職は良いぞぉ(=^・・^=)♬