また蚊に刺されたんだけど!もうすぐ10月下旬になるのに…。
日本は虫がいすぎである。今年カメムシが大量発生したらしく実家の庭樹はボロボロ。しかもその葉の裏をよく見ると、白い繭みたいなのがいっぱい付着している。これ…。春になったら謎の生命体が一斉に這い出してくるんじゃあるまいね…。
それに蜘蛛の巣がヤバい。家中どこを見上げても蜘蛛の巣にホコリが溜まっている。どうやらハエトリグモってのが大量に住み着いていて、天井に張り巡らせた糸は彼らの通り道なのだとか。それでちゃんとハエを捕まえてくれるならいいのだが、困ったことに我関せずコバエもいっぱい住んでいるんだコレが。無職の僕がいうのも何だけど、ハエトリグモは名に恥じぬ仕事をするべきだと思う。
もうこうなったら腐海の胞子に汚染された風の谷のごとく、家ごと焼き払うしかない。まぁそんなことをしたらししもんは母ライオンに硬化セラミック刀で八つ裂きにされてしまうのだが…。
ところが日が暮れると鈴虫やコオロギの大合唱が始まる。心に染みついた虫の音を聴くと何故か落ち着く。そして生まれ育った祖国に帰ってきた実感がわく。なんだかんだ言ってやっぱり僕も日本人なのだ。
シンガポールは虫嫌いの天国
めっきり気温が下がってきた秋でさえ、日本ではまだこんなに虫に悩まされる。
とは言え僕もかつての昆虫少年。カブトムシを捕まるために森に入ったのに1匹も捕まえられず、ボウズで帰るのが悔しくて樹から落ちてきたゴキブリを持って帰って怒られるくらいには「虫耐性」があった。
それなのに今やコバエやちっこいクモにさえギャーギャーいう、つまらない人間になってしまった。
これは6年間住んだシンガポールにあまりに虫が少なく「虫耐性」が失われたことが大きい。失われた6年間である。
というのもシンガポールは熱帯性伝染病の脅威と戦っている。自然災害がない国とされているけど、毎年デング熱が局所的に流行しコンスタントに死者が出ている。政府がどんなに防疫に務めても、衛生状態が悪いお隣のヒャッハーランドから日本脳炎が持ち込まれるし、周辺国でジカ熱が流行ると人の移動により国内にも犠牲者が出てしまう。アフリカを中心に世界中でエボラ出血熱がパンデミックになった時、世界屈指のハブ空港を擁するシンガポールの緊張感は記憶に焼き付いている。
その根本的な対策が、熱帯性の病原菌を媒介する蚊の駆除である。
バス停やホーカーセンターには蚊の繁殖場所になる水たまりを無くすよう啓発する政府広告を目にする。植木鉢の水受け皿、雨どい、高層公団住宅から突き出した物干し竿の根本にも水が溜まるらしい。こうした水たまりを意識的に排除することで蚊を減らそうというのだ。
まぁ日本だったらこうやって適当に啓発するところまでで終わると思う。ぽぽぽぽーん。
ところがシンガポールはいろいろと徹底的にやるお国柄。政府衛生当局による抜き打ち検査が入り、僕が働いていたホステルと住んでいた長屋にもある日突然制服姿の検査官が乗り込んできた。あとで聞いた話によると大家さんにも告知されないらしい。
彼らはトイレやシンクみたいな水周りをくまなく点検し、ホステル時代は植木鉢を日なたに出すよう、長屋についてはシンクの下にモノを置きすぎと指摘された。モノが多いとシンクから滴り落ちた水に気付かず蚊が繁殖するからだと。
なるほど。
さらに。シンガポール政府が蚊を駆除すると言ったら何が何でも駆除するのである。ペストコントロールと呼ばれる殺虫ガスの散布だ。
これは特にデング熱が流行した時に、該当地域で徹底的に行われる。ガスマスクを装着した屈強な男たちが、火炎放射器みたいなので白い殺虫ガスを撒いてまわる。初めて見たときはテロ対策の軍事演習かと思った。
出展:BBCニュース(ジカ熱流行に伴うシンガポール公団住宅での防疫作業)
例えばコンドミニアムのダストシュートにガスを散布した日には、ゴミ捨て穴からゴキブリその他の有象無象が一斉に家の中に逃げ込んでくる。あれはおぞましい風景だった…。でもこの殺虫ガスは強力で、一度触れた虫たちは長くは生きられない。だからダストシュートの周囲には逃げ出して息絶えた死骸が放射状に広がる。これを慣れた手付きのメイドさんが塵取りで片付けていたのが印象的。
ところがこの殺虫ガスは害虫だけでなく、その他一般の虫たちも根こそぎ殺してしまうっぽい。そのためかシンガポールで蝉の音を聴くことは珍しいし、蚊の繁殖につながる藪や草むらを徹底的に刈っていることもあり鈴虫やコオロギの大合唱は自然公園にいかないと堪能できない。
それでもシンガポールにいる虫は、この徹底した撲滅大作戦を生き残った精鋭ということになる。
だからか知らないけど、奴らはやたらデカい。例えばシンガポール唯一の害虫と言えるゴキブリは日本の2倍くらいデカいうえ、デカすぎて動きがトロいくせに撲滅大作戦を毎回生き残る。これは体重が大きいほど毒薬の致死量が上がるからじゃないかと僕は考えている。
小さい昆虫で毒ガス攻撃を生き残るのは地中で暮らす小さなアリくらい。あいつらはあいつらでウザいけど、蛾、カメムシ、カナブン、アブ、蜂、ムカデ、ゲジゲジが毎夜毎晩家の網戸に押しかけてくる「昆虫すごいぜ!日本」に比べれば可愛いもんだ。
政府が昆虫を徹底的に殺してくれるシンガポールは、虫嫌いにとって天国だと思う。
虫が情緒を演出する日本
とは言えやっぱ大切なのはバランスなのかもしれない。家に入ってくる虫はウザいけど、日本の情緒は虫が演出しているとも言える。
夏に帰国して近所の林から蝉の声が聞こえると、何故か僕は小学生の夏休みを思い出して懐かしい気分になる。特に炎天下のミンミンゼミからイメージするのは黄色いヒマワリと青空にそびえる真っ白な入道雲。BGMは久石譲のSummer。しばらくして夕暮れ時にヒグラシが鳴き始めると、どこか物悲しい気分になり家に帰りたくなる。子供の頃過ごした今はなき家に。
しかもこの感覚を他の人と共有できるっていう。
なんと風流。
熱帯性伝染病の心配が少なく冬場にほとんど全ての虫が死ぬ日本では、蚊の防疫にそこまで躍起にならずに済んでいる。その結果、そこら中に虫がいて季節感の一端を担う。
これはとても豊かなことなんだと、日本を離れて気付くことができた。