働く自信が持てない僕の胸の内

秋の日は釣瓶落とし。

まだ17時過ぎだというのに辺りは薄暗く、ぶ厚く灰色い雲の向こうに微かに夕焼けの気配を感じる。そんな肌寒い夕暮れに東京都心の街を歩いていると、僕はふと新卒で入社した職場で最初の忘年会を思い出す。僕はその忘年会に参加したくなかった。

心の底から。

忘年会や歓送迎会はもちろんタバコ部屋の雑談も含め、職場でのコミュニケーションというのは「管理職の地位が羨ましい」と思えないと上手くこなせないところがある。例えばクソつまらない上司の話に相槌を打つのは、気に入られて同期の中でいち早く昇進したいモチベーションに支えられている。そしてなぜ上司の話がクソつまらないかと言えば「お前の処遇はオレ次第だ」という権力に基づいた井の中の蛙トークだからだ。

目下の者を侍らせ、目上の者には媚びへつらう。その場にいる人いない人を茶化し、場合によっては人格を否定するような内容を大声で叫ぶ。

社会人様はそれを「無礼講」というらしい。

この下品なロールプレイングゲームを「楽しい」と感じるためには、何が何でも役職ヒエラルキーを昇っていきたい強い欲望が必須なのだ。

さらに会費が5000円。

大卒初任給など1日あたりにすれば1万円くらいのもん。その半分。満員電車と全身がチクチクするスーツに耐えて働いた半日分の苦労を、百害あって一利なしの苦痛のために差し出せというのか。ザワザワした場所で特定の声を選り分けて日本語として理解するのに疲弊する3時間。騒音の嵐が過ぎ去っても強権的に二次会へ参加させられるかもしれない。するとまた5000円…。

3人以上と同時に会うと脳がフリーズする
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これじゃまるで苦労して苦痛を買うようなもんじゃないか。断る。僕は絶対に参加しない。生産的で心満たされる僕の金夜を、下衆なガマン大会の犠牲にしてなるものか。

僕は職場の宴会部長が集合をかけるのを見計らって席を立ち、社屋最上階のトイレに籠もった。

海外就職も根本的解決にならなかった

そんな子供じみた方法で忘年会をバックレたら職場の風当たりがさらに厳しくなるのは目に見えている。

それでも。嫌だと思ったら僕は絶対に嫌なのだ。空気が読めないのではない。上司、先輩、同僚がそれぞれ僕をどんな風に批判するか、トイレの個室で目を閉じればくっきりと瞼に浮かぶ。それが分かっていてなお「嫌だ」という衝動を抑えることができない。我慢して苦痛に耐えることが出来ない。

僕のサラリーマン生活の原風景は、あの年末のトイレにある。

おカネや地位のためにやりたくないことを我慢してやり遂げる。そんな勤労の本質は、残念ながら海外の外資企業に転職しても根本的には変わらなかった。もちろん自分のそんな欠点を重々承知の上、給料が安くてもラクで責任の少ない仕事を選んだ。にも関わらずやっぱりサラリーマンをしていると性格が卑屈になり体調が悪化していく。シンガポール生活の最後の方は過敏性腸症候群が再発して駅のトイレに駆け込む頻度も増えた。

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だから部署が廃止になって全員解雇になるというメールを読んだときは、勤労から逃げる口実を与えられた気がしてホッとすらした。結局。職業、働く会社、住む国まで変えても、残念ながら勤労が苦手なことに対する根本的な解決策にはならないようだ。

自分の戦場でおカネを稼ぐ苦労は楽しい

とはいえおカネを稼ぐことから逃げてばかりでは生きられない。ネカフェ難民からのホームレス生活は僕にとってすぐそこにある現実だ。そんな悲観的な未来を避けるためには、苦手なことにいつまでもグズグズ固執せず比較的得意な能力に時間を集中投下するのが良いだろう。僕でも出来ることに時間と対人関係エネルギーを集中して、細々と生活するおカネに変えていくのだ。

そう思いたち、依存していたTwitterから離れて、SNSで繋がっていた人間関係からも距離を置くことにした。関係各位にはどうか我が無礼をお許しいただきたい。

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まだ目覚ましい結果は得られていないし、大衆と違う生き方はそれなりにしんどく不安もある。でも、それでも。自発的に決めた道を進むのは楽しい。信じる道でする苦労には達成感がある。

あぁ…。

上司にヘコヘコ酒を注いで回っていた先輩、イジメられてもニコニコ耐えていた同期。僕からしたら有料ガマン大会だった職場の宴会も、会社組織の中に信じる道を見出した人達にしたら未来へのチャンスが転がっている戦場だったのかもしれない。5000円の会費も、僕が技術書を買うのと同じ未来への投資だ。

彼らに遅れること10年あまり…。僕もようやく戦いたいと思う自分の戦場を見つけられたようだ。この場所で一旗揚げたい。