ウツになると人間関係がとにかくツラくなる。職場の関係は無論で、例えば今の季節なら忘年会は有料罰ゲームだね。
そこからさらに症状が進むと、次はこれまで楽しかったハズの大学の同期や地元の集まりからも足が遠のいていく。苦しい理由を考えて集まりを断るたびに、これまでの人生で積み上げてきた人間関係がガラガラと崩壊していくみたいですごくツラかった。しかも「今のままじゃダメだ」という強迫観念が常に後ろから追いかけてくる。
それで僕は根が衝動的で多動なので、当時全盛だったmixiでみつけたバックパッカーのオフ会に参加してみたり、皇居マラソンからの南青山まで走って銭湯というなかなかハードなイベントを自分で企画してみたり。まぁみんないい人たちだしイベントもそれなりに楽しいんだけど、終わってみると24時間寝込むくらいにグッタリ疲労してしまい、これじゃまるで痩せ細った魂を削りとって楽しさに変えているような…。
たぶんニンゲンは最低限の自尊心を保っていないと正常なコミュニケーションが取れないんだと思う。自分を無価値な存在だと認識していると、知らず知らずのうちに無意味に他人と比較して「ああ、やっぱ俺はダメな奴だ」などと勝手に落ち込む。
僕が鬱病になった時は、とにかくこれがキツくて次第に社会から孤立して引きこもりがちになった。
独りで出来るスポーツ
じゃあ独りで出来ることなら僕にだって楽しく出来るんじゃないか。やるべきことを何かしら見つけて外に出かけないと、このまま引きこもっていたら状況は悪くなるばかり。
もうこの時期になるとどこかに落っことしちゃった「楽しさ」を当てもなく探し彷徨っていた。
それで最初に始めたのが自転車。一番安いロードバイクを衝動買いして、当時は鬱都市つくばに住んでいたこともあり週末はよく霞ヶ浦を一周したもんだ。家からの往復も含め120km!!他にも都心の銭湯まで自転車で遠征したり、一番遠かったのは宇都宮まで餃子食べにいったやつだな。今思い出すと本当に狂ってたんだなって感じるね(=^・・^;=)
ところが独り黙々と自転車を漕いでいると、職場での失敗や大昔にやらかした恥ずかしい出来事が突然フラッシュバックしてくる。身体は限界まで酷使しているものの、その間脳みそはただただ暇を持て余し、その結果要らぬことを考えてしまうみたい。 運転中だし純粋に危ない(=^・・^;=)
それで自転車に乗る機会は次第に減って、次は入会金無料をやってたスポーツジムで筋トレを試みたんだけど、同じように悲観的な雑念に次から次へと襲われて毎回ツラいだけだった。ハッと気付くと筋トレマシンを動かす手が止まっていて、順番待ちの人に怒られたり。
もう運動も出来なくなってしまったか。スポーツジムのお試し期間でさえも全うできず退会してからは、もう外に楽しさを見つけにいくエネルギーは残っていなかった。それでたまの外出と言えば近所の漫画喫茶で時間を潰すくらい。
そこで出会ったのが「岳」というマンガ。
アルプスで活躍する山岳救助隊を描いた作品なんだけど、高校と大学で山に登る部活に所属していたこともあり当時の僕は夢中で一気読みした。
また山に行こうか…。でも自転車と同じで孤独に黙々と登山道を歩いていると不快な記憶がフラッシュバックして来るだろうし、そもそも不眠症で家でも寝られないのに山小屋なんて泊まったら発狂するかもしれない。それに睡眠薬と抗うつ剤飲みながらハイキングとか、なんか違う気がするし、そもそも危ない。
でも「岳」の作中にボルダリングのシーンが出てきてハッとした。今の僕でもアレならまだ出来るんじゃ…。
身体で解くパズル
ボルダリングっていうのは3mくらいの人工の板壁を素手で登っていくインドアスポーツだ。フリークライミングやスポーツクライミングとか言われるジャンルのうち、ハーネスとかザイル(命綱)の取り扱いを知らなくても出来るお手軽プランって感じ。
たぶんね(=^・・^;=)
クライミングジムは東京近郊で検索するとチラホラあって、そそり立つ板壁にカラフルな石がくっついている施設に見覚えがある人は多いと思う。なおシンガポールのスポーツ・ハブにも1箇所あって、なんとザイルの自動巻上げ装置が付いているので独りでも壁のてっぺんまで登れるという…さすがシンガポールって感じだ。
あの10mを超えるような壁に登るのは怖そうだし素人が手を出したら死にそうだけど、そそり立つ絶壁の根本をよく見るとやけに低い壁もあってザイルに頼らず生身のまま登っている人たちがいる。でもその低めの壁の高さはまぁ3mくらいのもんなので、床に分厚いクッションが敷いてあることもあり、もし落っこちても大したことはなさそうだ。
そのお手軽そうな方、ボルダリングに僕はハマった。
ボルダリングは身体で解くパズルと呼ばれ、主に握力みたいな筋肉ももちろん必要だけど、どの石をどの順序で使うかの判断がとても重要になる。でもそれでいて適当でも登れる初心者コースも設置されているので鬱で頭が回らなくても大丈夫。そしてこの、適度に考えないと出来ない感じが、自転車や筋トレマシンで苦しめられた無駄なことを考える「隙き」を潰してくれて良かった。
ボルダリングをやっている間はあれこれ悩むことから開放される感じ。
さらに人間関係に悩む時期にボルダリングがオススメなのは、順番や安全みたいな明文化されているルールさえキッチリ守っていれば、店員さんも周りのクライマーたちも必要以上に関わってこないところ。みんなそれぞれが自分の技を磨くことに一生懸命で、それでいて休憩中は邪魔にならない場所からベテランの華麗な身のこなしをボケーっと眺めて技を盗む。上手い人は体重がゼロなんじゃないかと思うほどしなやかにスルスル登っていくんだよね。長身の男性と小柄な女性に特に上手い人が多い。
まぁ僕は自分で再現出来るようになる前に海外に出てしまったんだけど…。
この、孤独じゃないけど誰とも干渉しない感じ。これはまさにシェアハウスが好きな僕にとって最適な他人との距離感だった。
あとクライミングジムのメインターゲットが仕事上がりのサラリーマンなので、比較的夜遅くまで開いているのも良い。特にウツで休職などすると、昼間出歩く罪悪感と疎外感が半端ない。それで生活リズムが乱れがちなこともあり、夜暗くなってから出かけられるボルダリングが僕にとって唯一の社会との接点だった時期もある。
精神を病んで休職や退職をすると、無気力と体力の欠如により一撃で生活リズムは乱れ引きこもりがちになる。しばらくはそれでもいいけど、本気で元気に回復したいと思ったら規則正しい生活に戻すことがまず大切。その第一歩は毎日必ず家から出て、どこかで何かすること。その目的地として僕の場合はクライミングジムが良かった。