シンガポールに住んでいた4年くらい前、土曜日は昼頃のんびり起きていた。特に用事もないのに早起きなんて三文の「損」じゃんね。
僕の週末は珈琲豆を挽くところから始まる。シンガポールで貴重な自家焙煎カフェから買った豆を手動のコーヒーミルに投入し、眠気を振り払うように勢い良くハンドルを回す。そして金属フィルターのドリッパーにたっぷりと盛ってゆっくり熱湯を注ぐ。ペーパーフィルターは豆の脂分を持ってかれちゃう気がして嫌なんだよね。そしてグラグラの熱湯で淹れた方がパンチの利いた目の覚める味になるような気がするんだ。
ただ当時住んでいたのはシェアハウスだったので自室にはベッドがあるだけ。僕はお湯を調達しに部屋を出て共用部分の台所へ向かった。
そこには斜向かいの部屋のインドネシア男子氏がいて、彼も同じく昼にもそもそ起き出してきたらしくちょうど電気ポットでお湯を沸かしているところだった。
「おお、また珈琲かよ。ちょうどお湯が沸いたから使っていいよ」
でも君が使う分が無くなっちゃうじゃん(=^・・^;=)
「満タン沸かしたから大丈夫!」
見ると確かに速沸きポットになみなみとお湯が沸騰していた。気が利くじゃないか(=^・・^=)♬
そんで僕は淹れたての珈琲、彼はティーバッグの烏龍茶を飲みながらしばしお喋りする流れに。ドリップしたての珈琲を勧めたんだけど「苦いから珈琲は苦手」と断られてしまった。シンガポールや東南アジアの人たちに、アンモコーヒーと呼ばれるブラック珈琲はあまり人気がない。アンモ(紅毛)っていうのは白人っていう意味だ。だからスタバではフラペチーノ的な激甘いのが人気だし、僕が豆を買っていた自家焙煎カフェでも人気メニューは珈琲と全然関係ない自家製レモネードだったりする。
ところでポットいっぱいにお湯を沸かしていたわけで、お茶以外にもなんか作るつもりだったんじゃないの?
「いや、これだけさ。君が起きてくる気がしたし、地元ではお湯は多めに沸かすのがマナーなんだけど。日本は違うの?」
まじ(=^・・^;=) むしろ電気代がもったいないからお湯を無駄にすると怒られるかも。
「日本人はマナーに厳しいんじゃないのか笑 地元だとポットを使い終わったら水を満たして沸騰させておくのもマナーだよ。次の人がすぐに使えるようにね」
地元どんだけお湯を使うの(=^・・^;=) 電気の無駄じゃね(=^・・^;=)?僕がインドネシア人だったら電源コードに蹴躓いて熱湯ぶちまけてたかも(=^・・^;=)
インドネシアは多文化共生の国で、しかも彼はその中でも少数派の中華系である。だから彼の「マナー」がどこまで一般的なのかはわからない。でもマナーってヤツはところ変われば180度逆の価値観に変わるんなんだなと思った。
外国人観光客と日本の秩序
聖なるクリスマスは無職仲間氏と男二人で箱根の温泉に行ってきたんだけど、そこでインバウンド需要ってヤツの威力をまざまざと見せつけられた。
年末で日本人が少なかったこともあり、箱根湯本駅でロマンスカーを降りて強羅行きの登山鉄道に乗り換えると、一変して車内の標準語は中国語普通話になる。僕らの向かいの席に座ったのも中国語をしゃべるカップルで、彼女は最新のiPhoneXRで自撮りに夢中、それに対し隣の彼氏は型落ちのAndroidで黙々とグループチャットに目を通している。微笑ましいくらいテンプレ通りの中華系カップル…台北の台湾人かもしれないな。
日本が言語鎖国を続けガラパゴス化が進むほど、グローバルでフラットな世界における「最後の秘境」日本は観光資源としての価値を増す。そこに住む「原住民族」のリアルな日常生活を垣間見るため、マクドナルドとスタバまみれの都会だけでなく箱根みたいな地方の観光地にもおカネが落ちるのは日本にとってとても良いことだと思う。
さて。僕のお目当ては本当に久し振りに入る日本の温泉(=^・・^=)♬
だから宿に荷物を置くとすぐさま大浴場に向かった。安さと晩飯のクオリティで選んだにしては温泉設備もちゃんとしていて、ながく浸かっていられる柔らかい泉質。さらにイブ夜の翌日だけあってガラ空き貸し切り状態。結局チェックアウトするまで3回も温泉三昧しちゃった。
それにしても…日本の温泉って禁止事項のポスターが多すぎだ。風呂の脱衣場だけでも「スリッパはここで脱げ」「他人のと間違えるな」「タオルは部屋にもって帰れ」「身体をよく拭いてから脱衣場に戻ってこい」「身体洗ってから湯船に入れ」「タオルは湯船につけるな」「ロッカーは1人1つ」「貴重品はここに置くな」「滑って転ぶな」「子供から目を離すな」「湯あたりに気をつけろ」「酒のんで入るな」「タバコ吸うな」「ケータイで話すな」「写真撮るな」などなどなどなど。
さらに外国人向けにも英中韓の三ヶ国語で同様の注意書きが掲示されていて、英語が微妙に間違ってるのが微笑ましいんだけど、もとより通じる自信がなかったのか外国人向けの啓発ポスターはイラスト入りである。掛け湯をせずに湯船に入ろうとする人を、すでに湯船に浸かっている人が迷惑そうにニラんでいる。タオルを湯船につけている人を、すでに湯船に浸かっている人が迷惑そうにニラんでいる。
ここまで禁止事項が多いと、もはや「風呂に入るな」って言いたいのかなってくらいだ。
ルールが明確なのは優しい社会
ただこれは仕方がないのだと思う。
なにしろマナーってヤツはお国が変われば180度変わってしまう概念なのだ。インドネシア男子氏が毎度ポットいっぱいにお湯を沸かしていたら、良かれと思ってやったのに無駄とみなされ日本では怒られてしまうだろう。
2018年に日本を訪れた外国人は3000万人を超えると言われる。日本の人口の3割もの外国人が持ち込むそれぞれのマナーは、日本であるべき立ち振る舞いとかけ離れたものも多いハズだ。しかもだからといって文明開化2.0とばかりに日本社会のしくみをキリスト教白人国家の「世界標準」にあわせたとしても(温泉は水着だ)そんなグローバルでフラットな日本に外国人観光客は満足しないだろう。
この難しい状況でカタコトでも英語を勉強し、日本式の秩序を維持しつつ外国人が満足するサービスを目指している箱根の温泉街には脱帽した。
しかも人々の良心やそれぞれのマナーに任せるのではなく、ルールを明確にしてその場にふさわしい振る舞いを明示してくれるのは、空気を忖度できない僕みたいなニンゲンにも優しい社会である。7年離れていたうちに日本が良い方向に変わっていて嬉しくなった。