過集中でしか頑張れない僕が海外就職を経てフリーランスになった結果

白銀の雪景色に青空が映える。

ここは長野のスキー場。そしてなんと言っても今日は平日!前日に降り積もったパウダースノーがいい感じに圧雪され、これ以上無いほどの絶好のコンディションに恵まれた。日本で人生初の「冬」を経験するシンガポール友人を連れてスキーに来たのだけど、そこにシンガポール就職帰国組が加わり雰囲気はさながら同窓会。

こうして平日昼間にバケーションを楽しめるのはフリーランスの特権だ。ネットさえあれば仕事が出来るし、ゲレンデに出てもスマホさえあればメールに対応することもできる。

この自由。

サラリーマンという生き方に順応出来ずにドロップアウトした日本だけど、やっぱり娯楽や観光地はたくさんあるし飯や宿も安い。交通費はかさむけどね。それでもおカネを使うだけなら、土地勘があり言葉が通じる母国が日本で良かったと思う。

サラリーマンという働き方

会社勤めのサラリーマンは、クビにならない極限まで手を抜くのが合理的だと思っている。

頑張っても昇給しないなら、限界まで手抜きするのが合理的

固定給なわけで頑張っても頑張らなくても貰えるおカネは変わらない。まぁそんな風にサボっていると怒られるんだけど、どういうわけか僕は頑張っても怒られるんだな。たぶん僕が頑張るべきだと思う方向性と、会社が僕に期待する結果が乖離しているんだと思う。

あと頑張った結果もし昇進できたとしても、先輩をみていると部下を持つ責任に対して見合った役職手当はもらえない。むしろみなし管理職とかいうブラックな制度により残業代が出なくなり時給換算の給料が逆に減るだけでなく、会社から都合の良いようにまるで合法奴隷がごとくプライベートを潰される。

そんなこんなで6年くらい前、日本で社会人の役割と価値観にハマれず挫折し、紆余曲折の末にシンガポールで正社員に返り咲いた。あの時は「普通」に馴染めず「常識」に上手く従えないなら多民族国家に移住することが根本的な解決になり得ると確信した。

発達障害で仕事詰んだら手に職つけて多民族国家へ移住するとラクかも

それは傍若無人な振る舞いが許されるという意味ではない。所属する文化・言語・習慣・宗教が違う人たちの集まりでは、自分の当たり前は他人の当たり前でなくて当然だ。だから必要なことは言葉で説明してくれるし、僕が困ったときの説明も真摯に聞いてくれる人が多い。言葉でちゃんと説明してくれれば、僕だってそこに意味を見出して会社組織の中でどう振る舞えば良いのか理解しやすいのである。

そんなわけで僕は彩豊な中華・インド・マレー民族に加え人口の4割を外国人が占めるシンガポールに移住して、サラリーマンとして生きるのが圧倒的にラクになった。やるべき作業と期待される成果について指示が明確なうえ、長時間労働、長距離通勤、望まない宴会などなど日本で抱えていた問題からも開放されたのだ。客観的にみて僕も人並みに働けていたと思う。

フリーランスという生き方

会社勤めのサラリーマンがクビにならない極限まで手を抜くのが合理的なのは、会社組織への甘えである。大企業には給料が変わらないにも関わらず僕がサボった分まで頑張ってくれる人がいるし、だからこそ僕がサボったくらいで大企業は潰れないのだ。

それに対して僕が新しく始めたフリーランスという働き方は、そのような甘えが許されない対極にある。

もちろんやるべき作業と満たすべき成果物のクオリティは明確に指示してくれるし、満員電車や社内行事と無縁な上に、インターネットさえあれば時間と場所に縛られずに仕事が出来る。でも仕事を発注してくれた人が満足する成果を上げないとおカネをもらえず、つまりサボったらサボっただけ収入減に直結する。しかも自分のスキルだけが売り物なのだから、直接利益に結びつかないとしても自己研鑽を怠れない。実力主義、成果主義の競争社会。

すなわち。フリーランスなら、倒れないギリギリまで頑張り続けるのが合理的、なのだ。

しかも僕には過集中という武器がある。これは突然湧き上がる情熱や試験前の一夜漬けのように、必要に迫られたら何時間もぶっ通しで寝食忘れて取り組める「集中力の前借り」である。僕は中学生の時にこの過集中をある程度意のままに使えるようになり成績が爆上がりした。でも借金はいつか返済しなくてはならなず、僕の場合は翌朝のコンディションが最悪で、ボアンボアンな脳を覚醒させるために酒漬けの惨めな日を過ごすことになる。

無職になってから過集中でしか頑張れなくて疲弊している

そんなわけで僕がフリーランス稼業を始めてからというもの、過集中を駆使した「極限の能力」を前提に仕事を受注するようになった。もちろん本格的に過集中すると翌日は仕事なんて出来ないくらい最悪な状態になるので、Apple Watchのタイマーを使いながら定期的にトイレに立ったりしてバランスを取りながら…。

でもその結果、せっかくシンガポールから友達が来日しているのにスキー宿でもパソコンを広げ、眉間にシワを寄せながら仕事する羽目になっている。フリーランスは時間と場所に縛られずに仕事が出来るということは、逆に言えばスキー場に来ても終わらない仕事に追いかけられるのだ。しかも発信したいことがたくさんあるのに、ブログを書く時間とエネルギーも全部仕事に投入しないととても終わらない。

この働き方は持続可能ではない。

それは突き詰めると過集中に依存した働き方を改め、無理なく続けられる仕事量に抑える時が来たということだ。自分の能力を過信せず過集中で無理しなくてもこなせる分量を見つける。次はこれに挑戦だ。