人件費を削ることはブランド価値を毀損する企業の自殺行為

「ちょっと聞くけど、もう一度この仕事に戻る気はない?」

北関東のローカル線でビール散歩をしていたら、突然シンガポール時代の上司からメッセージが来た。彼は温厚なアラフィフ中華系シンガポール人で、来学期から中学生になる1児の父。多国籍な部下を束ねていく能力に優れ、部署の閉鎖により9割がリストラされても生き残った逸材でもある。厳しい面もあれど彼の打ち出す方針は理にかなっており、彼のもとで働けて僕は幸運だったと今でも感謝している。

会社都合の割増退職金を受け取って、僕がシンガポールを去ってから半年あまり。その彼から直々に復帰のお誘いとはどういう風の吹き回しだろう。またシンガポールで働けるのだろうか。そんな虫の良い話ってあるだろうか。

でも…。例えそうだとしても…。

能力と給料は比例する

また同じ仕事に戻る気は無いっす(=^・・^=)♬

脊髄反射で断っていた。

誘ってくれたのはありがたい。それに常識的にはもっと熟慮すべき提案なのかもしれない。でも。僕はもう「海外就職の次」の人生を見出しているし、直感的にこれじゃないと思う仕事を違和感に目をつぶって受けたところで結局続かないだろう。

それにしても。なぜ半年も経った今、それも一度クビにした僕のところにお誘いが来たのか。これは気になるところである。

それでさりげなく様子を探ってみると、どうやらこういうことの様だ。

今回僕が誘われた仕事はそもそもシンガポールで勤務していた米系企業ではなく、下請けである中国資本のマレーシア支社の求人だ。僕は所属部署が丸ごとその下請けにアウトソースされて人員整理にあったんだけど、要はその下請け先で働かないかという話。僕がもし海外就職に初めて挑戦する20代だったら、外国で就労ビザを取得するキッカケとしてまぁ考えるに値するかも知れない。でもさすがにシンガポールで6年働いた後でやる仕事じゃないな。

ま、現実なんてこんなもんなんですよ(=^・・^;=)

ここからは僕の憶測でしかない。でもやっぱりシンガポールの部署を閉鎖してその機能を丸ごとお隣の中進国マレーシアに持っていっても、あの国の給料水準ではまともに仕事が出来る人を雇えなかったんだろう。

日本のマーケットで法人を相手にするに足る日本語力。それは具体的にはおカネが絡む内容について日本人を説得する日本語だ。このレベルになるともはや「語学力」の範疇にはとどまらず、日本人の価値観や判断基準、あるべき落とし所、妥協点みたいな、積み重ねてきた現場での経験値がモノを言う非常に曖昧なスキル領域になる。これを非ネイティブが後天的に身につけるのは並大抵のことではない。それに加えて電子回路やソフトウェアみたいな技術面での知識も必要なのだ。

そんなスペックの人材をマレーシアの給与水準で雇えるのか。シンガポールの仕事をクビになった時はそんな風に負け惜しみのように感じたもんだけど、まぁ実際雇えなかったんだね。

どんまい(=^・・^=)♬

人件費を削るのはビジネスの自殺

「お前みたいなヤツの代わりはいくらでもいるんだ!」

労働者をそのように扱う企業は、労働者からも同じように思われている。

「こんな仕事の代わりはいくらでもあるんだ!」

ゴミ箱に入れた魚で寿司を作る。床にこすりつけた鶏肉を客に出す。口に含んだ商品を吐き戻す。もちろんそれが法律に抵触する犯罪であることは確かだ。

それでも。

働くことを誇るに足る価値を与えず、場合によっては満足に生活すらできない給料で人を雇う。そうした「労働者は使い捨て」というビジネスモデルが、昨今バイトテロの対象になる原因だと僕は確信している。

その職位に就いていることを誇るに足る価値を与えない企業。募集したプロとしての能力に見合う給料を払わない企業。

企業にとってはいくらでも代わりがいる労働者に1人に過ぎないと感じるのかも知れない。それでもその労働者からしたら人生を託した唯一の雇用主なのである。忠誠を誓った雇用主から入れ替え可能な消耗品として扱われた労働者はどう感じ、その結果どういう行動にでるだろう。さらに大切な「お客様」にとっても、対応する消耗品たる従業員はその企業の代表者なのだ。

文字通り社員の能力はその企業が払っている給料に比例する。それは本来あるべき労働市場ならば高い給料を出せば高い能力を持った人を雇えるという話になるけど、その給料が求人要件に見合う水準にすら達しない場合は、ブランドを毀損する「恨み」を買うことになってしまう。

この恨みのリスクに、バイトテロの被害にあった日本企業のみならず、人を雇う立場にある人たちはあまりにも無自覚なんじゃないか。

確かにシンガポールよりマレーシアの方が、半分から4割程度の給料で人を雇うことが出来る。でもそれは同じ能力を持つ労働者を安く確保できるという意味ではないし、ましてマレーシアで働く人なら6割安い給料でも満足するということでもない。従業員に支払う給料はその企業が提供するサービスの質に直結し、それはそのまま企業のブランド価値に跳ね返ってくる。

人件費を削ることはビジネスの価値を毀損する、企業の自殺行為だ。

世界の労働市場における労使の力関係が、双方に利益をもたらす状態に回復することを望む。少なくとも一度クビにした経験者を、以前より下回る条件で再雇用できるなどと考えない程度に。