僕がアフェリエイトで良く知らないモノを売れない理由

15年前のちょうど今頃。まだまだ寒いけど、だんだん春と花粉が迫り来るのを感じる季節。

そんなよく晴れた朝、家のチャイムがけたたましく鳴り、大学生だった僕はムチで打たれたがごとく玄関にすっ飛んで行きドアを開けた。今日は大切な来客があるのだ。

でもそこに立っていたのは目当ての人物ではなく、うっすら茶色に染めた短髪に焼けた肌、農民工ことEXILEみたいな男だった。ジャッジメンタルである僕は、見た目の印象で相手を9割以上判断する。そしてこの手のオラオラ系が無条件に嫌いなのである。

「お兄さん、新聞取ってる?」

ほらね、見た目の通り。新聞の勧誘のくせにタメ口から入るような人間である。でも何軒も居留守や門前払いが続いたのか、僕の家のドアがすぐに開いて上機嫌になっているようにも見える。人違いだったのだが。

「もうすぐ就活なんじゃないの?何年生?」

よく聞くと東北弁の訛りが少し残っている。むしろ方言を頑張って消そうとしているように喋るヤツだ。しかも歳だって僕より若いんじゃないか。うんざりしてドアを閉めようと思ったんだけど、彼もそれを察したのか茶髪頭と上半身をドアの隙間に強引にねじ込んできた。

「悪い話じゃないんだ。ちょっとだけ時間ちょうだいよ」

そうか。そっちがその気なら。僕も攻撃態勢を整えることにした。

よく知らないモノを売る人

この4月から3年だけど。でも工学部だから。経済新聞とか読む必要ない。

EXILEの顔がパッと明るくなった。

「違うんだよお兄さん。そう言う理系の人多いんだけどね、今って面接まで辿り着く前にテスト受けるの。それに面接する人事とかエラい人って全員文系だからさ。経済新聞くらい読んでないと全然会話が続かないよ」

僕は続きを促すため、相手の目を見たまま黙っていた。

「今年の秋にはスーツ買ったり就活するんだからさ、春から経済新聞読んでおけば友達に差を付けられるし、早く内定とると一目置かれるよ。今は余裕感じるけど半年後なんてホントすぐだからさ」

なんだか進研ゼミの漫画みたいになってきた(=^・・^;=) 口に出して言わなかったけど。

「あの時に新聞読み始めればよかったって、後悔するって。しかも今オレ、就活生応援キャンペーンってのを勧めてて。今だけ夕刊もセットで申し込むとディズニーランドのチケットをペアであげてるんだ。もれなくほら!」

彼は抱えていたクリアファイルから、新聞の紙面を背景にネズミやリスが踊っているような、5分でフォトショップできそうなパンフレットを取り出して見せた。

僕はどっちかっていうとディズニーより、もっとこう…。ビール券とか無いんすか…。

「ある!ある!まってろ、ほら!」

今度は腰に回したウェストポーチからビール券の束を取り出してヒラヒラさせてみせた。ドラえもんみたいなヤツだな。21世紀の東北からやってきたドラえもん。

ディズニーランドのペアチケットってことは、1万円相当だ。それならそのビール券を10枚貰えるっていう話でよい?

「いいよ!いいよ!会社には俺からバッチリ話通しとくから!」

でもさ、僕いま学校に行くところだったんだけど。ってかこの話のせいでもう2限に遅刻なんだ。今からその申し込み用紙書くとか、就活で内定とる前に単位落として卒業出来ないよね。

「そりゃ時間とらせて悪かった。でも内定にビール券までついてくるって話さ、後悔はさせないから」

いや、そこまで言うならさ。その申し込み用紙とビール券を半分置いていってよ。学校終わったらココに挟んどくから、その時に残りを。

そう言って僕はドアの新聞受けを指さした。

よく知らないモノを売った末路

それなりに読まれているブログを運営しているわけで、もっと野心的にモノを売るような記事を書いて効果的な広告を貼ったらどうか。そうアドバイスされる度に僕はあの新聞勧誘のEXILEを思い出す。

結局、彼自身が経済新聞に毎日目を通すような人間ではなかったのだ。

もし彼自身が本当に新聞を読んで就活で成功したのなら、SPIテストに経済知識がどう役に立ったか、入社後に新聞の話題から広がった人間関係みたいな、具体的な経験を挙げて売り込むだろう。それにそれ程おカタい就職活動を経験したなら、失礼ながら茶髪タメ口で新聞を勧誘して廻るような人生にはならない。

あとこれは僕の勝手な考えだけど、商品の効果を売り込むなら客観的事実を明示すべきだ。経済新聞を購読していると内定を何割多く取れます、みたいな。それを逆に新聞を読まない学生は内定が取れないような脅しにもっていくから胡散臭くなってしまう。あと、信頼される営業は商品のネガティブなところも包み隠さず説明する。経済新聞も重要だけど、工学部なら工業新聞のほうが業界研究に役立つかもしれない、とか。

結局、自分がよく知らないモノを勢いだけで強引に売りつけようとしても、その無責任は全て自分に跳ね返ってくる。

その後またしばらく家で待っていると、もう一度玄関のチャイムが鳴り、今度こそは本来迎えるべき客人がやってきた。その初老の男性を僕は家具が1つもないガランとした部屋に招き入れ、水回りや収納の中なんかをゆっくり見せて歩いた。そして最後に彼が取り出した退去契約書にハンコをついて鍵を返却し、4年間の長きに渡りお世話になった礼を言った。

早々に就活を突破した僕は春から東証一部の正社員。今日は田舎の学生街からサラリーマンが住む都会へ引っ越す日なのだ。

そして最後にEXILEからさっきもらった申し込み用紙に「ここは空き家です(=^・・^=)♬」と書きなぐり、5枚のビール券を手に近所のスーパーへ向かった。