大人になってから新しい知識を学ぶ時に気をつけていること

数学と英語は積み重ねが大切!

中学校に上がった頃、親や教師からこんな脅し文句を口酸っぱく言われたものだ。今は見る影も無くひねくれてしまった僕だって、あの時はまだまだ素直な子ライオン。一度コケるとそれ以上積み上げるのが大変になるという刷り込みを信じてコツコツ勉強に励んだ。

でも実際今になって彼らの脅しがある程度正しかったことを確信している。新しい知識を学ぶことはなにも数学や英語に限らず積み重ねなんだ。

持てる知識の上に、より難しくイライラする重荷を崩さないようにひたすら盛っていく作業。その積み上げた高みにあるのはプロとしておカネに変えることが出来る知識。社会に出てから積み上げるべきは地位であって知識ではないという意見もあるけれど、企業の短命化が止まらない昨今、組織内の序列はデフレしている。例えばmixiが廃れFacebookが廃れ、もはやインスタやTwitterが次とも言い切れないSNS戦国時代において、業界で価値を持つのはシステム運用技術や広告営業みたいな汎用で具体的なスキルだ。

子供の時分のみならず、仕事を始めても最後に勝つのは学ぶことを止めなかった人。僕はそう信じている。

おカネになる学習はツラい

新しい知識を学ぶのって楽しい。最初のウチは。

例えばクイズ番組や旅番組は、多岐にわたる知識を薄っぺらく撒き散らす娯楽だ。MC後の勿体ぶった正解に一喜一憂したり、芸能人が不正解になるのを笑っていると、お茶の間に座ってるだけで何やら自分がちょっと賢くなったように錯覚できる。

僕が新卒から働いてきたIT業界にしたって、新しいプログラミング言語を覚えたりディープラーニングで犬と猫を識別するみたいな本を読むと、お手軽に自分の人材価値が上がったような気になる。開発環境を手元のパソコンにインストールしてHello Worldと表示出来た時など、実際はほとんど何も学んでいないにも関わらず達成感はMAX(=^・・^=)!

その後もしばらくは出来ることが指数関数的に増え、脳のシナプス繊維がプチプチと繋がってるのを感じる。

ところが問題はそこから先(=^・・^;=)

理解をもっと掘り下げて実際におカネを取れるほどの知識を身に付けようとすると、これが一気にツラくなる。S字を描く学習曲線の指数関数的に増加する部分を過ぎ、成長が鈍化してくるのがひとつ。さらに類まれなる天才ならいざしらず、遅かれ早かれ自分が生まれ持ったIQでは太刀打ちできない理論とか脳の記憶容量の限界にぶち当たり、貧乏ゆすりが止まらない。ちょっと一服、冷蔵庫からビールなど取り出したが最後、技術書を再び手に取る日は永遠に来ない。

かくしてPythonもJavaもC++も、機械学習もWebデザインも電子工作も、全部手を出したけど全部中途半端。いろいろかじったけど仕事にはならないダメ人間の出来上がり。

はい、僕のことですよ(=^・・^;=)

結局それは勉強の美味しい高揚感に依存した「趣味人」に過ぎない。おカネが取れるスキルを習得すること、何かのプロになることは、ツラい。ツラいからこそ脱落者が多く、最後まで食らいついて初めて換金可能な希少価値なのだ。

積み上がっている人と戦うツラみ

なにかをプロの高みまでレベル上げするのはかくも挫折しやすい苦行である。しかも全員が横並びで学んでいく学生時代とは違い、大人になってから新しい学習を続けるにはさらなる苦難が待ち受けている。

「すでに積み上がっている人」との競争だ。

文字通りの突貫工事でこしらえた基礎知識にフラフラと必要な技術を積み上げていくわけだけど、仕事になるほどの高みには程遠い。それでふと周りを見回すと、天に届きそうなくらいに「すでに積み上がっている人」がわんさかいる。いつになったら自分はあの高みに辿り着くだろう。しかもその頃に先人は更なる高みに達しているハズ。

一生かかっても勝てない…。

この無力感は凶悪で、大人になると「いまさら」などと言い訳して新しい知識を学ばなくなる。それどころか「古き良き」「伝統」などと職場のペーパーレス化を妨害したり、電子決済を拒絶してバスや改札口でモタモタする老害になっていく。

僕はそんな下らない人間になりたくない。そのためには勉強する目標を明確に定め散漫にあれこれ手を出さないことだ。

シンガポールを離れフリーランスとして生計を立てようと決心した当初は、興味の赴くままにあれこれ手を出し結局なんの成果も出せぬまま放り出すことになった。でも今はWebサイト制作・技術翻訳・ブログの三本柱に方向性を定め、全エネルギーをここに集中している。

これで少なくとも退職から半年以上サバイブ出来ているし、このままの努力を続ければ収入が増えていくだろうという手応えがある。

まだまだ積み上げは足りないし、周りをみればスライムになったような気分にもなる。それでも大人になってから何かを学ぼうとするならば、学習曲線が鈍化してからが勝負どころ。ここでビールの誘惑に負けず1つ1つ積み上げていけば、いつかは雲の上に達するだろう。