自由を担保する孤独と迫りくる人生のタイムリミット

毎月のように日本各地を転々としている。

クレジットカードの発行国とそこに紐づく銀行口座に縛りがないのが未来の到来って感じだ。21世紀に生きる我らはパソコンとクレジットカードさえ持っていれば、AirBnBとSkyscanner、そして高速バスネットを駆使してかなり具体的なカタチで流浪の民になれる。

世界のどこかから、いやむしろネットから一定の収入を得られさえすれば、世界のほとんどの大都市で通貨や現地の商習慣を気にせず衣・食・住をワンクリックで確保できる。

とはいえまぁ、スナフキンやユパ様や蟲師のギンコみたいな、そんなフーテン暮らしを敢えてしたい人もそう多くはないだろうけど…。

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日本全国どこへ行っても空き家だらけだ。

鉄筋5階建ての老朽化した微妙なマンション。修繕積立金の不足なのか、管理組合が機能していないのか。バブルの頃はお高かったんだろう白壁の邸宅も、夜になって明かりが付くのは40部屋のうち5つだけ。残りはカーテンすら取り付けられておらず、ベランダには緑色の鳩よけネットが貼られている。窓から漏れる5つの光はまるで取り壊しまでのカウントダウンだ。

この位置から見える老朽化物件の中でも、コーポとかシャトーとかが名前につく鉄筋ですらない2階建てアパートが特にヤバい。トキワ荘一刻館みたいなのが平成が終わろうとしている現代にもまだまだ平然と残されている。ボロアパートがネタになるのも、そこに人が住んでいるから。無人になったらそれは廃墟であり治安的な意味で地域のリスク要因になる。

固定資産税とかどうなっているんだろう。このウワモノを維持したまま家賃収入もないまま放置することで、毎年一定の経済的負担が発生している人がこのご近所に存在するハズ。そこにどんな意味があるのか。ビール片手に真っ暗なホーンテッド廃墟の前を通る度に思う。

僕がいま住んでいるのも、そんな老朽マンションを改装してIKEA家具を撒き散らしたっぽい民泊物件だ。外国人がSparkling Clean!と感じてくれる程度にリノベーションを施す財力があれば、老朽化しても集合住宅は不動産として投資価値があるのかもしれない。僕はそんな今月の宿に帰って、リノベーション対象から漏れたらしい昭和感満載のベランダに出て残りのビールを飲み干す。暖かくなってきた。もうすぐ桜が咲いてようやく完全な春が来る。

するとなんと、さっき通りすぎた廃墟アパートの1室に明かりが付いてるではないか!人が住んでいるのか、お化けなのか、いやいや、廃墟とかいってすんませんでしたね(=^・・^;=)

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全8部屋のうち、自分を残して7部屋が出ていっても居残る人物。それは往々にしてもう居残るしかない人だ。

日本で新しい家を借りて引っ越すには先立つモノが必要。敷金礼金、そして保証人。最近は保証会社を利用できるらしいけど、結局はカネがなければ基本的人権である居住移転の自由は担保されない。

更に、独り身である。それなりな場所に住んで、そこでそれなりの暮らしを営もうという気概。これは孤独ではなかなか湧いてこない。なにも未婚独身が悪いと言っているんではない。でも本当に仲がよい友達や、中華圏のようにご近所に住む親戚コミュニティに属し、人間の関わりの一部として生きていれば、気のおけぬ人を呼んで酒でも振る舞えるような家に住みたくなるものなんだろう。

家族みたいに毎日顔を合わせる人がいて、出来れば子供がいる方が、たとえ歳をとってもある程度の暮らしを維持する可能性が高まる。日本のみならず世界のいろんな街を見て、僕はそう確信している。廃墟アパートに孤独に暮らすしかない人というのは、収入・友達・血縁という、人生の資産に乏しい可能性が高い。

そんな1人を個人的に知っている。

実家で飼っている犬と散歩するときに出会う、還暦くらいの女性だ。彼女も犬を連れていて、僕と同じ時間帯に同じコースを廻るものだから結構な頻度で出くわして、犬が喧嘩しない程度に手短に世間話をする。彼女が連れている犬も相応に高齢で、僕が久しぶりに帰国したら認知症になってしまっていた。犬も認知症になるんだな。以前は僕がしゃがみ込むと撫でてくれとばかりにスタコラ近寄ってくる人懐っこいヤツだったのに、今回は頭を撫でても気づかない。その視線は僕を透過して、遥か遠くを意味もなく彷徨う。認知症の末に亡くなった祖母の姿が頭を過る。

「老老介護ですから」

彼女は言う。普通、犬仲間はよほど打ち解けるまで個人的なことは話さない。話題はもっぱら近所の腕の良い獣医とか愛犬の健康、そして別の犬の噂話みたいもん。あくまで人間のプライベートには踏み込まないのが暗黙のルールであり、それが心地よくもあるのだ。でも彼女は自分の話ばかりする。それはもう犬仲間しか会話をする人がいないのだろうと思わせる勢いであり、彼女が一方的に語る話から実際にそうであるらしい。

そんな彼女が住んでいるのも、18部屋のうち2部屋しか明かりが灯らない廃墟アパートだ。5年くらい前に珍しく犬の2匹が意気投合して並んで歩き始めたものだから、一度その廃墟の前まで一緒に向かったことがある。木造の3階建てアパート。名前にばっちりシャトーと付く、高度成長期の悲惨な置き土産である。

でも今回の帰国で犬の散歩がてら久しぶりにその前を通ると、残る明かりは1つだけになっていた。

彼女の住む2階の1室を残して。

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僕のように不安定で人間関係を維持するのが下手クソな人間は、天涯孤独でお気楽に暮らすのが幸福への近道である。無駄に世の中の「普通」に迎合して結婚して子供をもうけようものなら、一撃で精神崩壊して微妙なバランスで維持してきた日常を失う。

「やっぱやーめた!」をいつでも出来るのが自由であり、これを担保しておくことが人生最強のリスクヘッジ。

こう思って止まなかった僕なのだけど、もし、この天涯孤独なお気楽の正体が「若さ」なのだとしたら。そう考えると僕の背筋に冷たいものが走る。気のせいだと思いたくて冷蔵庫を開けてよく冷えたビールをグイグイ流し込む。日が落ちた日本のそこら中にある廃墟アパートと、そこで暮らす孤独そうな人々。

タイムリミット。

孤独な空間と孤独な人生。その末路を垣間見るにつけ、僕に残された時間と選択肢が刻一刻と短く貧しくなっているのを感じる。抜本的に人生を見直してイチからやり直せる可能性が残されているのも、僕にはあと僅かなのである。