また利用したくなる接客と、接客してくれる人たちへの思い

完璧な接客を受けると狼狽してしまう。

僕は学生時代に大手雑貨店でアルバイトをしていたんだけど、あまりにも接客が出来なすぎて早々にレジからハズされてバックヤードの品出し係になった。なお、ここでもミスが多く、結局半年くらいで劣等感をたっぷり抱えて辞めてしまったのだけど。

そんな僕はたとえお客の立場になっても自分がそのサービスを受けるに値するのか不安になってしまう。特に西欧先進国の文化を知ってからは。というのも高級サービスってヤツは、階級社会が今でも色濃く残っているコンテキストにおいては特に、客側もその店に相応しい人物かを試されている。スプーンやフォークを外側から使っていくとか、ワインを注文した時のソムリエとの儀式的なやりとりのことだ。ここでうっかりJust a glass of water pleaseとか言おうものなら、メニューにある天然ソーダ水のリストの紹介が始まって、ここを切り返すにはかなり高度な英語が必要になってくる。ゲームオーバーだ。キミはこの店に相応しくない。そう見做されると、給仕の態度が悪くなったり、同じく店の「格」に合わない問題のある客を隣のテーブルに通したりされる。

まぁそんなことはどうでもいいとして。

僕が完璧な接客で狼狽するのは要求を満たす接客が出来ず失敗した劣等感を刺激されるのみならず、格も階級も関係ないコンテキストで丁寧に接客する人の目的がわからないからだ。コンビニで100円の珈琲を注文しただけなのに、時給1000円程度しかもらっていないであろう人たち(時に僕の父親くらいの年齢の男性)が、丁寧に頭を下げる。

なぜ。なんのために。

それがコンビニ本部の決めたマニュアルなのだということは理解できる。でもそれに律儀に従う動機はどこにあるのか。労働力不足が叫ばれる昨今、バイトなんていくらでもある。だからそんな軍隊みたいにビシッと対応しなくても、もっとゆとりを持ってのんびりやればいいじゃないか。

そんな目的が見えない一糸乱れぬ集団行動に、僕は怪しい「宗教」の匂いを感じてしまう。昔は労働教とか奴隷教だと思っていたんだけど、今は「後がない教」なんじゃないかと考え至った。この仕事を上手にこなせなければ、他で上手くいくハズがない。この仕事を首になったら、次はもっとキツい仕事しかないだろう。そういう根拠のない不安で自分の首を締めてしまい、たとえ割に合わなくても「もう自分には後がないのだ」と諦めてしまう。

新しいスキルを身につけてより良い環境に挑戦することから逃げ、不本意な現状に耐え忍ぶために貴重なエネルギーと時間を浪費する。僕は低賃金で軍隊式の接客に触れる度に、この不気味な精神構造を感じて狼狽する。

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この前、吉祥寺で有名なパスタ屋さんに行った。ミートソースが人気の店なんだけど、カジュアルな値段で量が多く美味しい。若者の店だ。店員さんも若者ばかりで、どこか体育会系の部活のような威勢の良さがある。

お客さんが行列している店の壁には高らかに求人票が貼ってある。

「履歴書不要、時給1100円」

僕はこんな体育会系のノリにはとてもついていけないし、この店で求められる能力はとても1100円には見合わない高度なものだと思う。たとえば昼時の行列をさばいて店内に案内する人は、何人のグループがどの順番で並んでいるのかを常に把握している。それとは別に店内の状況を見て、4人テーブルにカップルを通すような「無駄」が発生しないように席が空く順序とタイミングを予測しなくてはいけない。さらにテーブルを片付けて適切な人数のグループを案内して注文をとる。

なんというマルチタスク。

これで時給1100円…。この世でまともに仕事をして生きていけるのは、ひと握りの選ばれし者だけなんじゃないか。ふと「自分には無理だ」「もう後がない」という不気味な精神構造に絡め取られそうになる。

でも。ここの店員さんをもっと観察すると、コンビニの軍隊式の接客とはぜんぜん違うことに気づく。彼らからは漲る充実感を感じる。ただ時給をもらうためだけじゃなく、必要な経験を積んでいるんだというような、修行僧みたいな凛としたオーラ。

これは、よくある「やり甲斐搾取」とも違う。飲食店の経験は日本でキャリアになるのだ。それが有名店ならば、経歴を引っさげて将来は自分の店を持つことも夢じゃない。それが可能なのだ。実際、シンガポールに進出している日系企業にも飲食店が多い。しかも海外進出してミシュランの星をもらえるんだから大したもん。競争が激しく淘汰もされるけど、飲食が独立起業しやすい業界であるのは間違いない。

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すっかり春めいてきたので5ヶ月お世話になったユニクロのダウンジャケットをクリーニングに出してきた。

クリーニング屋って、いざ必要になった時にどこにあったか思い出せない。でもGoogle Mapで検索すると意外なほど近所にちゃんと存在していてビックリ。そう言われてみれば確かに何度も前を通っている。でも見慣れた風景に紛れて意識されることはない。まるで街の座敷わらしだ。あと、洗濯に関する知識がなさすぎて、クリーニング屋での注文の仕方がわからない。初めてスタバに入り呪文珈琲を注文した時のことを思い出す。

そんなわけでおっかなビックリ、近所のクリーニング屋の手動の引き戸を開けた。そこには僕よりちょっと年上くらいの、アラフォー女性がひとり受付けに立っていた。彼女の背後には無数の洗濯物が天井から2段でぶら下がっている。あの。ユニクロのダウンジャケットなんですけど…。

「あぁ〜、これワタシも使ってます〜」

語尾が伸びる人だ。

「あぁ〜でもこれってドライクリーニング出来ないんですよ〜」

それで僕のダウンを受け取って、内側に縫い付けられている洗濯ラベルをめくって見せてくれるのだけど、そこに描かれたマークたちは高校の家庭科で期末テストに出たことしか覚えていない。

「ほら〜。なのでクリーニングに出しても水洗いになっちゃいます〜」

え、1500円もするのに水洗いなんですか(=^・・^;=) ってことは洗濯ネットとかに入れれば自分でも洗えるんですか?

「うーん、ネットよりは〜。ワタシはお風呂の残り湯に液体洗剤を垂らして、そこでしばらく漬けときますね〜。しばらくしたらエリとかスソとか汚れているところを手でゴシゴシすると〜まぁ綺麗になりますよ〜。すすぎだけネット入れて洗濯機でも良いかもですね〜」

それってじゃあ、今ここでクリーニングに頼まなくても良いってことです(=^・・^;=)?

「そうですね〜。クリーニングに出しても多分、ここのエリとか、もう黒くなってしまった油汚れは完全には落ちないでしょうからね〜」

まじか。なんて商売っ気のない(=^・・^;=)

なんとなくこのお姉さんの空気感は東南アジアっぽい。働いているけど、店の売上げは自分には関係ないというような。でもそう。バイトは経営者じゃないんだから、本来は業績とこのくらいの距離感で良いんだよね。僕は完全にこのお姉さんを信頼した。そしてそこまで情報開示してくれるなら汚れが落ちなくても良いやと思い、頼むことにした。

完璧な接客が将来目指すべきキャリアになるのなら凛として良い。でも「ここを首になったら後がない」というような恐怖心で自分を縛るような働き方は幸福度を下げるし、僕はそういう接客をされると狼狽してしまう。いろいろな働き方があって良いし、個人的にはもっとユルい仕事が増えれば日本はもっと暮らしやすくなると思う。