国際線の飛行機は身動き取れないぶん人々の距離が近い

空港は電車の駅とは違う。

大学生になって成田空港から国際線に初めて乗った時、空港とは単なる飛行機の駅ではなく、旅行前のささやかな非日常を楽しむ場所なのだと悟った。それからはリュックひとつで海外に出るたびに、搭乗の何時間も前に空港に到着するようになった。気ままに国際線ターミナルの本屋で洋書棚の品揃えを物色したりね。今でこそ中華文化圏からのインバウンド需要で中国語の本も目立つけど、当時は洋書といえば英語しかなかった。

そんな僕も無事に就職し、いやその後全然無事じゃ済まなかったのだけど、社会人になって気づいたのは空港のステータスという側面だ。クレジットカードに付帯した海外旅行保険サービスとか、会員制のラウンジで飲める酒と年会費のコスパにやたら詳しくなった。当時アフィリエイトなど真剣にやっていたらいい線稼げたんじゃなかろうか。

でもまぁ僕はバックパッカーどころかリュックサッカーなわけで、ゴールドカードのスーツケース宅配サービスとかぶっちゃけいらない。それに海外に出て僕がやることといえば、湿気た裏通りの寂れた商店で買ったぬるいビールを、異国の川沿いでボケーッと何時間もかけて飲むくらいのもん。しかも日が暮れる頃にはいい感じに酔って早々に寝てしまうものだから、今まであまり危険な目にあったことはない。結局それでクレカの海外旅行保険もそんな必要ないんじゃないかと思うに至る。

となると空港とは…単なる飛行機の駅である。

それで搭乗時間ギリギリを攻めるスリルと効率を追い求めるようになったのだけど、痛い目にあって止めた。確かあれは関空にまだシンガポールのLCC Scootが乗り入れていた頃。予想外に手荷物検査が渋滞していて遅れた僕は、係員のおねぇさんに怒られながら搭乗口に走る羽目になった。

「こんなの日本だけですからね!外国だったらおいていかれてますからね!」

ごめんなさい(=^・・^;=)

(=^・・^=)♬

空港のチェックインカウンターに並ぶ時は人間観察に余念がない。スーツケースに加え大量の荷物を背負い込み、眠い目で気だるそうに行列に並ぶ僕らは、いわば同じ舟に乗る運命共同体。飛行機のチェックインとはタイタニック号の乗船顔合わせみたいなもんだ。

ここは日本の空港なのでこれから旅が始まる日本人は元気な半面、おそらくは過密な日程を終えラオックスの巨大な紙袋を携えた褐色の肌の家族はゲッソリ。特に正面に幼い息子を抱えさらに2つのリュックを両肩に背負ったお父さんの表情は、世間にゴリ押しされるイクメンというコンセプトの限界を体現している。

僕はいつでも預け荷物がないんだけど、ネットでチェックインを済ませても結局は手荷物にタグを付けてもらわないと後々トラブルになる。だからあの気だるい長蛇の列に並ぶ他ない。それに格安航空会社LCCというのは、追加料金を払わないと座席を決めることすら出来ない。すべてはチェックインカウンターのお姉さんの一存なのである。

僕の人間観察のテーマは、もっぱら僕の隣の座席になるのは誰だろうってことだ。いわばクラス替えになってから一発目の席替えみたいなもん。最初はあいうえお順に着席させられるものの、初回のホームルームでシャッフルされるのだ。みんな気の合う友達と、大抵は意中の相手がいるもので、くじ引きと言えどそこには政治の匂いを隠せない。

それでいざ飛行機に乗り込むと、僕の予想に反して同世代の男性2人組だった。僕は物静かな初老のカップルの隣になりたかったのだが。しかも僕はトイレに行きづらい窓側の席。7時間以上のロングフライトなのに、これはデパスが必要かもしれない。僕はピルケースをリュックから出してポケットにスタンバイした。

(=^・・^=)♬

僕の隣に座る2人組。どうも国籍がよくわからない。ひとりは韓国人っぽい髪型をしている。そしてもうひとりは…日本人に見えるけど、首から下げた仏像のレリーフが中国人っぽい。まぁこういうときは中華系〇〇人なことが多い。なおカスタムIEMで完全に防音しているので彼らが喋っている言葉は聞き取れない。

少しだけデパスに頼り目を覚ますと、着陸まであと2時間という頃合い。機内ではちょうどスッチーが入国カードを配っていた。だけど隣の2人組が何やらスッチーともめている。この騒動で目覚めてしまったんだな。やっぱり老夫婦の隣が良かった。どうやら彼らは英語が皆目わからないっぽく、Occupationの欄を指さしながらThis? This? と言っている。実は日本人だったのかな?

あと2時間も身動きできずに暇を持て余すのもなんなので、助けてあげることにした。大丈夫ですか?

「ああ、日本人だったんですね。さっき中国語でビールを買ってたから。機内販売で。」

シンガポールに住んでたんです。

「え?ここのスッチーって全員中国語しゃべるんですか?」

全員じゃないだろうけど、Scootだし名札からさっきの人は中華系シンガポール人かなぁと。日本人乗務員もいるってアナウンスしてましたよ。

「まじか…。なら中国語で質問すればよかった…」

あぁ中国人なんですか?

「そう、もう16年も日本に住んでて。中国にいる時間より日本のほうが長いんですよ」

話を聞くと彼らは上海出身の同郷で、僕と同い年。向こうの高校卒業とともに日本にやってきて、大学からずっと日本で暮らしているそう。大学卒業後は中小のメーカーに就職したものの、東日本大震災の一連の騒動で強引に退職して帰国。でも地元に仕事はなくまた日本に戻ってきたという。

これは四川省成都出身の別の友だちの言っていることとも一致する。中国で良い職に就くにはコネが必要というヤツ。日本でも田舎は似たか寄ったかだろうけど、中国では上海のような大都会でもその傾向があるのかもしれない。彼らや友人のように、幼少期に地元を離れ親のつながりも頼りないとなると、これはもうどんなに優秀でも就職戦線で劣勢に追い込まれ、むしろ海外で頑張る方がハードルが低いらしい。

それで、地震後に日本に戻ってきてからは?

「居酒屋をはじめたんです。それなりに繁盛したんで2号店を出したいんだけど、どうせなら次は海外がいいなと。これはその下見なんです。新しくドンキが進出するらしくて。それに絡めて日本風居酒屋をやれないかと。」

すごい、じゃあ社長なんだ。するとそのOccupationの欄はBusiness Ownerとかがカッコいいかも。

「え、なになに?もっかい言って」

乗車時間が長いとは言え、新幹線でこういう出会いはない。空港は飛行機の駅でしかないけれど、やっぱり飛行機は電車よりも人々の距離が近い。それは、やはり死の危険を心の片隅から拭えない、タイタニック効果なのだと思う。

僕らを載せた飛行機は定刻どおりにバンコク・ドンムアン空港に着陸した。