タイ王国の首都バンコクで過敏性大腸炎になったら通勤はどうなるんだろう

地上の楽園なんて世界中探したってどこにもない。どこの国のどの民族に生まれたとしても、ある程度の生き難さを抱えながらもだえ苦しむのが人生ってもん。僕は今まで人生を賭して現実逃避しているわけで、さすがに「こんな僕でも暖かく迎えてくれる桃源郷が世界のどこかにある」みたいな幼稚な期待はとうの昔に捨て去っている。

でもさ、ここは微笑みの国。男性が世界で最も幸福な国といわれるタイ王国の花の都である。

ちょっとくらい期待したっていいじゃんね(=^・・^=)♬

丁寧じゃない暮らし

シンガポールで会社をクビになってからというもの、好きな時間に寝て好きな時間に起きている。でも僕は体力がない。だから夜は早く(23時くらい)に疲れて酔いつぶれてしまう関係で、朝自然に目覚めるのもけっこう早い。昼まで寝ててもなんの問題も起きない暮らしなのに、だいたい毎朝7時には台所でボケーッと珈琲を淹れている。一見、今流行りの丁寧な暮らしをしているようだけど、ベッドの周りに散乱した空き缶を見れば実態がバレるというもの。

さて、薄暗い台所で珈琲を淹れながら僕が考えているのは、今日は何をしようかってことだ。

自由なのだ。仕事はある。でも何時にどこで作業しようが、納期までに求められる品質を満たした成果物を出せばいい。だからいつでもどこへでも行ける。さぁ今日はどこで何をしよう。

それでふと思いついた。僕がもしバンコクで生まれ育った34歳のタイ人男性で、都会に務めるサラリーマンとして年相応にある程度成功しているとしたら。そろそろ家を出て通勤電車に乗り、勤務先へ向かう時間ではないか。異国を訪れ長期滞在する醍醐味は、現地の人の目線で街を見て、現地の人と同じ釜の飯を食べることだ。

それなら。

現地の人と一緒に通勤電車に乗らなければタイのサラリーマンの気持ちは毛ほどもわからないだろう。僕は下痢の原因になる珈琲を諦めて冷蔵庫につっこみ、自分がタイ人男性であると思い込みつつ家を出た。

どこの国でも通勤電車は大変

※以下は僕がタイ人としてタイに住んでいたらという妄想であり、多数誤解を生んでいるようですが、今いるコンドミニアムはAirBnBだし正式にビザとってタイに長期定住しているわけでもありません!!

今住んでる新築のコンドミニアムは500万円くらいだった。バンコクも都心にいくとタワマンは何千万円もする。でも僕は元々郊外の出身だし、ちょうど埼玉みたいなノンタブリー県に住めば開発が進んだ今でも500万円でジムとプールつきのタワマンを買えるのだ。

必要な頭金は一部親に工面してもらった。もし結婚することになったらワンルームのここを売って、その金で親孝行しようと考えている。残りはもちろん住宅ローンを組んだ。月々の返済は3万円ほど。これをあと10年で完済するために、今日も僕はバンコク随一のオフィス街、シーロムまで朝の満員電車に揺られるんだ。

僕のコンドは高架駅の目と鼻の先にある。都会へ通じる通勤電車、MRTだ。だからせめてコンドの3階から橋でも作ってくれればいいのに。ここに住もうと決めたときは、この無駄にすぐに慣れると思った。でも毎朝わざわざ地上まで混雑するエレベーターで降りて10分もかけて高架駅のホームに立つ頃には、すっかり汗をかいている。全然慣れないどころか、この不効率な都市設計に苛立ちが募る。

都市計画がダメ

バンコクはスプロール現象の見本みたいな大都市だ。無秩序に小さい建物が広がり、道は狭く短く曲がりくねり、深夜まで絶えることのない交通渋滞が社会問題になっている。それでも21世紀。この街の通勤電車の総延長は80kmを超えた。政府もクルマから電車通勤へのシフトを推奨している。僕の住むコンドの隣にも、6階建ての立体駐車場が作られ、さすがにこいつは駅に直結している。電車駅から遠い場所に住む人が郊外の駅までクルマで来てそこから電車に乗り換える、政府が推奨する新しい通勤スタイルだ。

ただいつみても駐車場はガラガラ。利用している人はほとんどいないのだろう。この理由はこれから話そう。

日本のODAで作られたMRT紫線の上りは、だいたい45分でタオプーンというなんでもない駅で突然終わる。わかりにくいけど東京なら西武国分寺線みたいだ。ここからバンコク都心に向かうにはMRT青線に乗り換えるのだけど、改札はないものの一度下階のホームまで階段で降りなくてはいけない。もちろん階段もプラットフォームも通勤時間帯は人でごった返している。電車が来てもすぐには乗れないので、行列に並んで毎朝1本は見送ることになる。これで15分のロス。

このタオプーン駅から青線バンコク随一のオフィス街シーロムに向かうには、BTSスクンビット線を使うのが地図上では近そうだ。ところがこの2つの路線はキチンと接続していない。そもそも接続駅の名前が違う。青線側は都心部では地下に潜る。だから地下深くのチャットゥーチャ公園駅で青線を降り、そこから地上に出て高架線であるBTSのモーチット駅に上がる。これには混雑する朝の時間ならどんなに急いでも15分はかかる。せめて地上の歩道には屋根をつけてほしい。モンスーン気候のタイには雨季があり、激しい雨のなか集団で小走りするのは結構ツラい。

だから僕はチャットゥーチャ公園駅では乗り換えず、そのまま青線に揺られシーロムに向かう。そう、この電車だってシーロムを通るのだ。ただし、ものすごい迂回して。

電車内は身動き取りにくいほどには混んでいるけど、あの日本のすし詰め状態よりかはマシだ。これはたぶん国民性の違いだろう。他の乗客と肌が密着するまで身体をねじ込むよりは、少し待って次の電車を待った方が得策なのだ。

女性が多い

というのも、朝の通勤電車には女性がとても多い。日本の女性専用車両に間違って乗ってしまったときのような気まずささえ覚える。タイの女性は働き者なのだ。

でもタイの男性が働いていないかと言えば当然そんなことはない。この高架線BTSの下を走る大渋滞した道路を観察すると、運転しているのは圧倒的に男性が多い。タイの男性はクルマ通勤を好むのかもしれない。

でも僕自身はクルマでバンコクの街を運転したいとは思わない。若いころはHONDAのバイクに乗っていたけど、三十路を過ぎて結婚を意識するようになってからはなおさら運転することのリスクを考える。

2012年に有名なエナジードリンク、レッドブル創業者の孫がフェラーリで暴走して警官を轢き殺す事件が起きた。この事件は結局カネに物言わせて示談が成立し、もみ消されてしまった。示談金はわずか800万円という話だ。タイではこんなことがよく起こる。王族貴族、そして政界財界を含め、タイは階級社会だ。暴走するフェラーリなんてノンタブリー県のウチのまわりじゃ日常で、特に深夜から明け方までひどい。昼間は渋滞して暴走なんて出来たもんじゃないから、夜な夜な郊外の幹線道路まで遠征して爆音を轟かせるのである。ああいう何でもありな特権階級がいるからタイのクルマ社会は危ない。

それに加えて世界に汚名を馳せる大渋滞、幹線道路を逆走するトゥクトゥク。きっと賢明なタイ女性はそういう選択をしないのだろう。安定した価値観を持っているのだ。

ほほ笑みの国も楽じゃない

ダメだ。

お気楽なタイ人男性を演じようと思ったんだけど、シーロムまで辿り着く前に過敏性大腸炎でお腹が痛くなってきた。日本から持参したストッパを飲んでから来たんだけどな…。しかもMRT青線チャットゥーチャ公園駅の後はとまともな駅トイレをまだ見つけてないんだよね。地上に出てもまだ8時過ぎだし…。あぁヤバい。

なんとかシーロムまでたどり着き、事なきを得た。今は政治運動の中心地として有名なルンビニ公園の木陰で、テイクアウトした珈琲を飲みながらスマホでポチポチこの文章を書いている。

やっぱりこの世に桃源郷なんてない。どこの国のどの民族に生まれ落ちても、生きることは大変だ。でもその大変さには様々なカタチがある。その中から自分が許容できる苦労に妥協して、我慢しながら暮らすのだ。でも、その選択があるだけ21世紀に生きる僕は幸福だと思う。特定の苦労を生まれながらに運命づけられることがないのだから。

キチンとした暮らしをしようと思ったら、バンコク首都圏に住むタイ人の方がむしろ東京の日本人より大変なんじゃないかと思ったタイ王国バンコクの朝だった。