人生詰んだ。
いや、僕の人生が詰むのは定期イベントなんだけども、これはもうガチ。絶体絶命ってヤツ。
酒が生き甲斐の僕が、あろうことか酒を飲むと激しく下痢する体質になってしまったのだ。
先週、ここバリ島の青い海と白い砂浜で、ビリーっていう好青年にサーフィンに誘われた。そんで酔ってて気分が良かったから二つ返事にオッケーしちゃったんだよね。
でも…そもそもサーフィンって柄じゃないし、身体が潮水でベタベタするのが苦手だし、さらにスキューバのライセンス持ってるのに足がつかない深い海が怖いのである。
行きたくない。サーフィンしたくない。海が怖い。ししもんはライオンだから丘にいるべきなのだ。
現実逃避が必要だ。
僕はホステルのルーフトップバーに走り、ビンタンビールの大瓶を購入。気分が良くなってくるまでひとしきり飲み干した。
ごろごろ…
テキメン下痢ですよ。こりゃ確実にサーフィンの恐怖からくる心因性じゃない。原因は確実にアルコールだ。
ストッパは効く
ただ日本には神薬という便利なものがありまして。僕は屋上のバーから自分の部屋に駆け戻り、ストッパを水無し一錠口に放り込んだ。
効く。やっぱストッパは効く。
心因性の下痢にはろくすっぽ効かず、逆に満員電車で漏らして会社に着くと強烈な便秘に。それを繰り返して痔になるという。そんな最悪な体験をした僕だけど、やっぱ器質性の下痢にストッパは即効性をもって効くね。
日本人でよかった。
と、なると。
ですよ。
ストッパをビールで流し込めば万事マルッと解決なのでは(=^・・^=)♬
などと退廃的に考えてしまうのがアル中なのです…。
実際、今までもウィスキーとかウォッカとか強い酒を飲み過ぎて胃が荒れると、太田胃散をビールで流し込んできた。これがテキメンに効くんですよ、奥さん。
なんだ。
おクスリが2種類に増えるだけじゃん。よかったよかった。問題ない(=^・・^=)♬
中島らもに説教される
ひと安心してトイレから出て、預けていた洗濯物を回収しようとホステルのカウンターに向かった。
すると。
なぜか談話室の本棚にふと目がいった。ほんと偶然としか言いようがない。でも英語や欧州言語で書かれた大判のペーパーバックが目立つ中、僕の視界に小さく日本語が飛び込んできたんだ。
ホステルの本棚ってやつには、世界各国の旅行者が残していった本たちが並んでいる。日本語本に関しては地球の歩き方とか、古びたるるぶとかね。中には図書館のシールが貼られたままの本もあり、バックパッカーとは誠にしょうもない生き物である。でもまぁ、本は重いし帰国したら不要だし、なにしろ後からやって来た日本人の役に立つかもしれない。
ところがどっこい、このホステルに残された唯一の日本語本は、中島らもの「寝ずの番」だった。
中島らも笑
流石に声に出して笑った。
なぜ笑
ここはサーフィンの聖地、小麦焼けビキニ女子が闊歩するバリ島である。バリ島のお供に持ってくるのは、さすがに中島らもじゃないだろう笑 この地でわざわざ中島らも本を読もうと思った日本人に、その心を問いただしたい。そして語り合いたい。そこはせめて「水に似た感情」じゃないのか、とか。
しかし、目に止まったからには読まないわけにはいかない。なにしろ、バリ島に中島らもである。この本は、僕が思いもよらぬ理由でバリ島に存在するに違いない。バリ島で中島らもを読むと魔法が使えるようになるとか、バリ島で中島らもを読破した瞬間に異世界への扉が開くとか。
そういうファンタジックな運命を感じる。
どの道、アルコールが抜けるまで下痢が止まらない。ストッパで幾分マシになったにせよ、もうこれはトイレにこもるしかなく、バリ島で異色の存在感を放っていた中島らも「寝ずの番」を僕はどんどん読み進めていった。
ところが。というか、やっぱりというか。
これは魔法も異世界も明らかに関係ない。酒浸りな物語が愉快に進んでいく、テンポの良いごく普通の中島らも本だった。
「寝ずの番」は短編集で、冒頭の三部作は通夜の席で師匠や師匠の奥さんの遺体を前に、落語家が酒浸りで漫談に花を咲かせる話である。その亡くなった師匠ってのがアル中で下痢している落語家なんだ。高座に上がる直前にもよおしてしまい、トイレを探しに弟子を走らせたものの間に合わず…。落語中にもよおしてしまい、1時間かかる物語を早口に30分でやっつけてトイレに走る。そんな逸話が弟子の口から語られる。
そうか、酒を飲みすぎると下痢するのってこんな一般的なことだったんだ。
僕は地元食堂のフルーツ盛りに当たったせいで胃腸が弱ってるんだろう、くらいに思ってた。鈍感にも程がある。なにしろ僕にとっては飲み過ぎが日常であり、胃腸が弱いこともあり下痢だって日常だ。まさかこのふたつにここまで強い因果関係があったとは。
こういう困った時はGoogle先生頼みである。
「酒 下痢 対処法🔍」
出るわ出るわ。下痢に悩むアル中の叫びが。
その中でいちばん堪えたのが、下痢が止まらず若くしてオムツ生活になったにも関わらず、それでも酒を飲み続けてしまうアル中の体験記。何が堪えたって、彼のが書いていることが思い当たりすぎる。まるで俺じゃん…。
むしろ今までの下痢も、過敏性大腸炎じゃなくて単純に飲みすぎだった説…。
そしてアル中と下痢についての検索結果をどんどん掘っていくと、その中になんと中島らも先生の名前があるではないか(=^・・^=)!
今日はいろんなところで中島らもの名前を目にする日だ。案外、バリの街でバッタリ出会ったりしてね。
それはない。
ニートをマーケティング用語にして、働かない生き方をマネタイズすることに成功した、phaさん。彼がその昔語っていたから、中島らもが若くして急逝したのは記憶の片隅にあった。
しかし。まさか中島らもの死因が酒に酔っての転落死だったとは…。
52歳。
いやぁぁぁ!リアルすぎる。
僕は今、バリ島に似つかわしくない中島らも本が、一冊だけこのホステルに置かれていた理由をハッキリと理解した。これは僕への警告だったのだ。
魔法なんて使えなくていい。異世界は…52歳まで生きてから考えよう。これは酒を止めろという運命のお告げだ。
今度こそ…今度こそ酒止めよう。
さよならビール。今まで楽しかった。僕の灰色の人生に花を添えてくれてありがとう。