ここインドネシア、バリ島のビーチを歩いていると、もうほんとに死肉に集るハエのごとく、多種多様な物売りが声をかけてくる。
観光ガイドをかって出るタクシー運転手。彼はその顔立ちから、もっと東の島の出身だと見て取れる。同僚らしき男ともバリ語ではなくインドネシア語で話している。そして「カモが来たぜ」的なノリでニヤついて話しかけてくるのが腹立たしい。ガイジンなめんな(=^・・^#=)
それを無視すると、今度はバイクタクシーのオヤジが売春に誘ってくる。僕は見た目がわかりやすく日本人だから、オンナ、オンナいうその狂ったアクセントが気に触る。離岸流で精霊流しにするぞ(=^・・^#=)
イヤホンのボリュームを上げて下品な男どもを完璧に無視し、早足で浜辺まで突っ切ると、次に近づいていて来るのは老婆たち。なんでもマッサージを生業にしているらしい。でも僕はマッサージにはうるさい。その骨ばった細い腕では、残念ながら凝り固まった僕の肩はほぐせない。せめて握力40キロを超えてから出直して来てくれ。来世でな(=^・・^#=)
老婆の次はタトゥー屋だ。嘘かホントか、ヘナだという真っ黒い液体でイカツイ龍とかドクロを描いてくれるらしいのだけど、僕はもっとカワイイ絵柄がいいな。ネコとか、ウサギとかね。だからスマホで我が愛犬の寝姿を見せて、これを描けるかと聞くと「ファイルの図柄から選べ」と。無能め。自分の棺桶のデザインでも考えてろ(=^・・^#=)
それでも波打ち際までしつこく追いかけてくるのが、サーフィン屋だ。
どうやらここのビーチには大きなサーフィン組織がいくつかあるらしく、ボードを貸す管理職的なおっさん連中と、子供のころからココで波と遊んで育ったっぽい、見るからに地元の青年がインストラクターとして所属している。こうした貸しサーフィン業者はカルテルを結んでいるらしく、どこで聞いても同じ値段を言う。それより高い場合はぼっている。福笑いにして砂浜にぶちまけるぞ(=^・・^#=)
どうにもバリ島では市場原理が上手く機能していない。ぜんぜん需要がないサービスに対して業者が乱立し、それでいて「食ってけるライン」よりは値下げしないものだから、強引な客引きをするしかなくなる。さらに観光と称して売春宿に連れて行こうとするなど、うっかりすると騙される。これは中長期的にバリ島のイメージを毀損する。
そんな感じで毎日50人以上の有象無象から声をかけられる中、僕はビリーと出会った。
コミュ障サーファー
「Hey…. Surfing? You Japanese?」
僕が言うのも何だけど、目があってない。普通、こういうのって相手の目を見ながらギラギラ誘うんじゃないの?君、バリ人?どのサーフスクールの人?
「スラバヤだよ」
そう言いながら、彼はインストラクターの詰め所になっているらしいビーチパラソルを指さした。スラバヤとは西隣りのデカい島、ジャワ島の街であり、彼が指さしたビーチパラソルがスラバヤなわけではない。コミュ障か。ぜんぜん会話が続かない。
僕はインドア派だし、どう見てもサーファーっぽくないだろう。それにこんなに波が高くちゃ危ないよ。
「そう、もうすぐ満月だ。スラバヤで僕も死にそうになって。」
死にそうになったんだ(=^・・^;=)
「うん、満月の高波は危ない。巻き込まれて海底までもってかれて。左足首がサンゴ礁に突き刺さって。とれなくなっちゃって。視界が自分の血で真っ赤。死ぬなって思ったよ」
他にもほら。そういうと、右唇の縫い跡を僕に見せた。沖で他のサーファーと衝突したらしい。
「この辺は潮目が速くて、特にあの辺りは離岸流があるから。昨日も白人のグループがジェットスキーで救出されてた」
この砂浜は数十キロに渡って緩やかな弧を描く湾になっていて、いい感じの高い波が押し寄せる。でもそうやって入ってきた波のすべてが湾の中央に集まり、わずか数箇所のポイントから沖へ逃げていく。この離岸流は凄まじく速いらしく、多くの事故はこの場所で起きていると。
「で、サーフィンやらない?」
それ全部聞かされた後でやらねーよボケ(=^・・^#=) インフォームしたからってコンセントしねーんだよ(=^・・^#=) なにしろ僕は国民皆保険制度から離脱してるし、怪我したら終わりなんぞ!そこらの野良犬と同じなんぞ!ししもんはライオンだけど(=^・・^=)♬
「でもね、君は僕と同じ感じがするんだ」
いや、ししもんとサーファーは月とスッポンだね(=^・・^#=)
「君、簡単に他人を信用しないだろ。僕もそうだ。リスクは全部知っておきたいタイプ。だからリスクは全部説明するし、なんなら今日一度だけサーフィンしたって、大して上手くならないさ」
ほう(=^・・^=)
「あそこ。あの白人くらいになればいいところ。たぶん3回くらい講習うけてアレだ。あっちの沖合で波待ちしてる連中。あれは地元のバリ人だね。離岸流を上手に使って遠くまで行くんだ。子供のころからここでサーフィンしてるんだ」
心の闇、黒い穴
結局、僕はサーフィンを断った。
海が怖い。
僕は離岸流を知っている。わかり難くジブリに例えると、天空の城ラピュタを取り囲む竜の巣、台風の目のような感じ。陸に向かって打ち寄せる波に対して、そこだけ潮目が逆なのだ。膨大な量の海水が、ものすごいエネルギーで沖に向かって引っ張られている。
海が怖いのは、自分が怖いからだ。
あの超自然的なチカラで人間社会から強制的に遠ざけられたとき。ふと「もういいや」って、軽々に命を投げ出しそうな自分が怖い。飛び降りたくなりそうな自分に恐怖する高所恐怖症に似ている。
歴然と自分の中にある真っ黒い穴、虚無が怖い。
この海辺の街に投宿して2週間あまり。僕は毎日、本能に従うまま陽が沈む頃にこの浜辺にたたずんで、自分の心に空いている黒い穴と向き合っている。熟れたトマトみたいな朱色の太陽が黒い水面に沈むのを見ると、どういうわけか己の暗部が頭をもたげる。
波しぶきが手招きする。
バリ・ヒンドゥー教において、この海は穢れとされる。でも僕にとっては己の弱さを最終的に受け入れてくれるサンクチュアリのように見えることがあり、そういう時は海を心底怖いと思う。