海外でシンガポール人を見分けるのは至難の技だ。
多民族国家だけにいろいろな見た目の人がいて、こてこてのシングリッシュを喋ってくれればなんとかって感じだけど、海外には親族とか親しい友人と出かけるものだ。すると英語から民族由来の言葉に見事に切り替わり、中国語、マレー語、インドは公用語のタミル語以外にもいっぱい民族がいすぎて皆目わからない。
都市国家なので人口が少ないこともあり、ホステルとか場末の飲み屋でシンガポール人に出会うとレアポケモンのごとく嬉しくなる。
同じく多民族国家で見分けが難しいのが南アフリカ人。
アフリカっていうとサバンナでライオンさんやゾウさんがガォガォパォパォしている印象だけど、旧英領の南アフリカ共和国はアフリカ大陸の経済首都で近代的な国らしい。行ったことないけど。地球の裏側に近いであろう東南アジアでも、たまに彼らを見かけることがある。
やたら声のデカい白人と、ステレオタイプなアフリカ系黒人(ビーズとか仕込んであるドレッドヘア)、そしてその中間的な見た目のどことなくアジア系に見えなくもない人たちが固まっていたら、それは南アフリカからの御一行様かもしれない。
僕がインドネシアのバリ島でホウ酸入りの肉団子をかっ食らっていると、そのカラフルなグループから白人オババが僕のテーブルに逃げてきた。
攻勢物乞い
「んもぉ、あの物乞いがウザくって!アタシしばらくお兄さんと一緒に食事するわ!」
オバちゃんという生き物は、民族を問わず大阪のオバちゃんに収束する。声がデカい。世界中みんな仲間だと思っている。マシンガントーク。飴ちゃんはくれなかった(=^・・^;=)
「さっきから No!! って5億回くらい言ってるのに、アタシたちに付きまとってゴミを売りつけてくるのよ!!」
ああ、あの親子ね(=^・・^;=)
生活保護がある日本では物乞いが割りに合わず、いわゆるホームレスな人たちは知的&精神障害を抱えている人も多く無気力に寝そべっているだけだ。
でも食いっぱぐれたら死ぬだけな途上国の物乞いは違って、「ほどこしてください」ではなく「なぜ私にほどこさないのか!!」という攻勢の物乞いをする。ピンとこない人はインドに行くと良い。
「バリ島ってほんと貧しい国なのね。今朝もビーチでいらんもん買わされて、ほら」
南アフリカBBAがThe アフリカって感じの原色カラフルなバッグから取り出したのは、The 中国製って感じの安っぽい扇子であった。バリ島はむしろインドネシアの中で裕福な場所だけど…。貧富の格差ってヤツさ。それにたぶん、あの物乞い親子はバリ人じゃないな。よそから来た「出稼ぎ」の物乞いかもよ。
「どうでもいいねん。200円くらいだから最初はほどこしてたけど、まったく次から次へと!これじゃバケーションどころじゃないわよ」
子供、特に障害を持った子供を抱えていると「稼ぎ」が倍増するらしく、インドでは物乞いのために子供の手足をぶった切る犯罪が横行しているという。
さすがにインドネシアの物乞いはインドほど邪悪じゃないとしても、ご多分に漏れず幼いガキを連れ、非常にねちっこい。
僕みたく昼間から酒臭く目の焦点が合っていない危険分子は一度ガンつければスルーしてくれるけど、裕福そうな特に白人にはしつこく付きまとい、執拗に視線を合わせたり、会話を邪魔したり、ベタベタ衣服に触れたり。ガキを使ってでも様々なちょっかいを出し、どんなに悪態をつかれ追い払われても「ゴミ」を買わせるまで意地でも離れない。
「朝からほんと不愉快よ!どうしてちゃんと働かないのかしら。怠惰でバリの評判を下げる愚か者だわ!」
こういう要らんもんを売りつけてくる物乞いは東南アジア一帯にいる。物を売ってるなら物乞いじゃないと思うかもしれないけど、路上で「情け」とか「良心」に訴えかけて不要なモノを市場原理に見合わない値段で売りつけるのは、やっぱり物乞いである。
工場に勤めるより物乞い!?
ベトナム戦争で米軍が撒いた枯葉剤の影響なのか、ベトナムでは他の国では出会ったことのない身体障害者を街でたくさん見かける。僕が毎朝通っていたベトナム珈琲の露店に、ちょうど僕と同じ時間にガラ、ガラ、ガラっと台車を引きずって現れる彼もそのひとり。
頭と胸部で身長40cmくらい。胸から下の半身がまるごと無い。内蔵はどこに入っているのだろう。胸の辺りには痕跡のような小さな足がちょんとついている。彼はコンビニの搬入に使うような小型の台車の上に乗り、両腕で地面を押して移動する。ガラ、ガラ、ガラ…。
露店の周りにはベトナム名物のちっこいプラスチック椅子が所狭しと並べられ、彼はここに座るお客の靴を磨いてチップを貰うのだ。
税金も社会保険も払っていない身では説得力がないけど、福祉制度って大切だ。
でもベトナムの人たちにとっては普通の光景らしく、スラックス姿のサラリーマン風の男性が当たり前のように革靴を磨いてもらっていた。そこに同情や良心みたいな感情はまったく見られず、ちょうど靴が汚れたタイミングで靴磨きがやってきたという、ごく自然なサービスの姿だった。
ホーチミンで毎朝見たこんな光景は、正直ショックだったけど、ベトナム社会の当たり前の日常として僕の心に焼き付いた。
重度の障害を抱えてもこのクオリティの仕事である。路上で要らんもんを売りつける人達もベトナムは何やらレベルが高い。
その夜、僕はホステルで出会った日本人のおっちゃんと飲みに出かけたんだけど、そこへ物売りの女性がやってきた。僕が小学生の時にJリーグと共に流行ったプロミスリング的なものを、刺繍糸で編んでくれるという。まぁ正直プロミスリングとか要らないし、芸能関係の仕事をしているという連れのおっちゃんは無視を決め込む作戦に出た。無駄に対応して粘着されたら面倒くさいからだ。
でも…。
物売りの彼女は20歳そこそこ、利発そうな顔立ち。安っぽい既製品を売るのではなく、手作り品の製作販売。さらに流暢に英語を話す。各国の態度が悪い攻勢物乞いにうんざりしていた僕だけど、彼女は明らかに一線を画する存在だ。好奇心のアンテナがびんびん鳴る。身の上をアレコレ聞くのは失礼かもしれないけど、この手の人と英語でまともに会話が出来るなんて、こんなチャンスは滅多にない。
それに僕の名前を編み込むこと出来る(=^・・^=)?
ポカーンとするおっちゃん。変人でごめんよ。でもこれで15分は取材する時間を稼いだ。
彼女は北ベトナムの、ハノイからずっと離れた田舎の出身。高校1年生の時に父親が亡くなり中退せざるを得ず、それからずっとこのプロミスリングを作って生計を立てている。最初はハノイに出てきて「営業」していたけど、数年前に物価が高いホーチミンに南下してきたらしい。その上手な英語はどこで身につけたの(=^・・^=)?
「お客さんと話すうちになんとなく。あなたも日本人なのに喋れるのね」
日本人各位は英語が出来ないとベトナムの物乞いに路上で馬鹿にされる現実を直視するべきだ(=^・・^;=)
それにしてもこのプロミスリング。アイデアも独自のもので、少ない材料で短時間に編めるように工夫してある。僕は編み物が趣味だから手元を見ればわかる。
地頭が良い系だ。もっと良い仕事に就いてしかるべき人材だと思うのだけど。たとえば日本の縫製工場とかたくさん進出しているよ。履歴書を送ってみてはどう?
「アタシ中卒だから採用されない。このくらいの英語は強みにならない。工場で働く方が稼げるとは思えない」
マジかよ(=^・・^;=)?
スマホをポチポチして、その現実に愕然とした。ベトナムの工場で働いても年収40万円くらいしか貰えないのだ。月収ではない、年収で40万円。月収は4万円に満たない…。
確かに月4万円ならプロミスリングを1日6個くらい売れば路上でも稼げる。外国人観光客でごった返すこの街で、彼女のコミュニケーション能力ならそれが可能だろう。
「それに、遠くの工場に面接に行く間、収入がなくなる。家族を養えない」
彼女には田舎に息子が2人いて、長男は小学生だという。旦那はハノイに出稼ぎ。旧正月(テト)には帰省するようにしているけど、タイミングが合わず何年も会っていないとか。
「子供にはちゃんと学校を卒業してほしい。だから私はこれを売る必要がある」
自己投資できない貧困
「もし1日2ドルで生活するならどうする?」と質問されたビル・ゲイツが話題になった。1日2ドルというのは国連が定める最貧困層の定義らしい。世界一の金持ちに貧困対策を問うとは…とても皮肉な質問である。
彼の回答は「ニワトリを育てる」だった。
5羽の雌鶏からスタートすると1羽の雄鶏を借りて卵を産ませれば3カ月で40羽に増える。最貧困地域である西アフリカでニワトリ1羽は500円で売れるので、1年後には10万円が手に入る。ニワトリが極限の貧困状態から抜け出すきっかけになるかも。
そんな話だった。
おいおいおいお(=^・・^;=)
1羽500円の雌鶏を最初に5羽買うには2500円必要で、そのために2週間も絶食して2ドル貯金するんかい。ちょうど育った頃合いに雌鶏を盗まれたら。卵を野良犬に食べられたら…。参入障壁が低いビジネスだけにご近所さんが真似して鶏肉価格が暴落する可能性もある。
とかツッコミつつも…。
僕自身はたとえばベトナムの編み込み女子が貧困から抜け出す方法がわからない。
若くて健康で地頭がよく、語学力やアイデアを形にする能力もある。それでも養う家族がいるから、捻出した学費を自分に使って夜間学校なんかで学歴を積み増すことが出来ない。学歴がなければ人口ボーナス期を活かしきれていないベトナムのグダグダ経済政策のなか「代わりはいくらでもいる」人材のまま。今いる社会的ポジションから上昇出来ない。技能実習生として日本に行こうものなら命を奪われる可能性すらある。
自分の時間と収入を、自分自身に投資できない。1日2ドルをビジネスのアイデアに投資できない。支えるべき家族がいて自己投資が許されない貧困層は、希望を子供に託し、今いる底辺で死ぬまで懸命に頑張るしかないのか。
この社会構造こそが、貧困の根本原因ではないか。あまりに残酷な現実だ。
30分後。完成した「ししもん」ロゴ入りのプロミスリングを受け取り、提示された値段の2倍を手渡すと、彼女は「アリガト」と笑って夜の歓楽街に溶けていった。