心に穴が空いた「変人」が営む家族の崩壊劇

僕の人生は相当にヘンテコなものになってしまったけど、変人の周りにはさらなる変人が集まってくるものだ。

このブログに何度も登場している中国人のシンが、その代表格。

自己肯定感に悩むとある中国人留学生がシンガポールを去るまでの出来事

シンはエキセントリックな天才である。

彼と出会ったのは10年近く前、うつ病で日本から蹴り出された僕が、シンガポールのユースホステルで時給400円のアルバイトをしていた時。

その時シンは世界大学ランキングのアジア1位であるシンガポール国立大学の留学生で、京都の某国立大学で交換留学を終え、シンガポールに戻ってきたばかりだった。中国からシンガポールに国費留学して、そこからさらにシンガポール国立大学の交換留学枠を勝ち取っての日本行きである。

専攻は建築デザイン。工学部建築学科のバリバリ理系にもかかわらず、京都では講義と試験を日本語で突破している。

なんで日本語に達者なの(=^・・^=)?

「留学するために一般教養の日本語講座を2単位取ったからね」

ししもんも一般教養のドイツ語を2単位とったけど、アイン・ツバイの先はもう忘れたね(=^・・^;=)

「大学の講義を理解できるレベルなのは中英日だけだけど、今住んでいる家の大家さんがインド人だからヒンディー語もできるようになった」

インド系シンガポール人の多くはタミル語を話すインド南方民族の末裔である。だけど故郷インドのコンテンツはヒンディー語で発信されることが多い。だから、この大家さんは「外国語として」ヒンディー語をずっと勉強していて、シンも参加することにしたのだとか。

ところが数か月でシンのヒンディー語力が、コツコツ勉強してきた大家さんを凌駕してしまい、嫉妬を買って最終的に引っ越している。インド人は嫉妬深いのである。

そんな天才エピソードには事欠かない彼なのだけど、大学を卒業してからの人生はパッとしない。というか、どん底という表現が適当かもしれない。

おそらくは協調性の低さから才能を仕事で活かせず、エキセントリックな部分が悪目立ちしてサラリーマン生活に支障をきたすようになってしまった。神童から会社のお荷物への急転直下。

そんな彼が心の拠り所にしたのが、セクシュアルマイノリティとしてのアイデンティティだった。

まぁ、どこまで本当なのか僕はあまり信じていないけど、幼少期から自分が男だという認識が薄かったという。そして大人になってじっくり考えた結果、女として生きた方が自然だと確信したらしい。

マジかよ(=^・・^;=)

そんなわけで専門医の指導のもと女性ホルモンの投与を始めた。本格的な性転換手術に向けた準備である。

ところが、彼の性認識がどうであれ、男性ホルモンに暴露されて発達した脳に、後から女性ホルモンをてんこ盛りしたわけで、男性の激しさに女性の不安定さをプラスしたような、なんとも接しがたい性格に変貌してしまった。

それはもう、友達をこれ以上続けるメリットを見出せないほど散々な性格で、ホステル時代の仲間たちは軒並み彼から距離を取るようになった。

当然、建築事務所での仕事もクビになり、いつの間にかシンはシンガポールを去って、故郷の四川省成都に帰国していた。

中国の戸籍差別

友達をこれ以上続けるメリットを見出せないほど散々な性格といったけど、それは僕の性格も同じようなもんだ。

独りで黙々とキーボードを叩いている時間が一番幸福なので、具体的な要件が発生するまで自分からは誰にも連絡しない。さらに、たまに連絡をくれる人がいても、その瞬間に気分が乗らなければ塩対応。

僕らは2人とも共感力と協調性が欠如しているのだ。

そんなわけで「はぐれ者」同士、半年に一回くらい生存確認程度だけどコミュニケーションを維持している。同類の好だ。

そんな僕のもとに、ある日シンから「結婚した」という報告が入った。

どういうこと(=^・・^;=)?女になったんじゃないの(=^・・^;=)?

シンガポール ホステル時代の仲間たちも、このニュースには騒然となった。そして中国に帰国した後もシンと連絡を維持しているのは僕だけだったため、みんなを代表して詳細を聞き出す羽目になった。

しかし、これがなかなか難解。最近はシンが日本語を忘れてしまったため、もっぱら英語でやり取りしているけど、経緯そのものが奇怪なのである。

相手の中国人女性とは中国国内でネットを通じて知り合ったらしい。彼よりも5歳ほど年上の姉さん女房。女性ホルモンの投与によりシンの男性機能は失われているため、夫婦に性的な関係はない。彼としては、心の拠り所、境遇を理解してくれる人を欲していて、それを結婚という形式で実現した、ということらしい。

「両親からめっちゃ反対されて、結果的に親子の縁を切ることになった」

マジかよ(=^・・^;=)

両親が結婚にそこまで反対する理由について、シンは最後まで「相手が田舎の人だから」としか答えなかったけど、状況を総合して考えるにこういうことだ。

中国人には2種類いる。都市戸籍を持つ中国人と、農村戸籍を持つ中国人だ。

戸口(フゥコォ)と呼ばれる中国の戸籍は、日本の戸籍や住民票とは異なり、もっと強力な国籍に近い。つまり上海や北京みたいな国際都市はもちろん、成都のような各省の大都市に住んで医療や教育などの公共サービスを受けるためには、都市戸籍が必要になる。

中国の憲法は移動や居住の自由を認めていないのだ。

これは都市への人口流入を制限するための政策らしく、いったん農村戸籍を持って生まれると、都市に集中している一流大学への進学や優良企業への就職が著しく困難になる。単純に都市に引っ越せないだけでなく、合格点や採用基準も、農村戸籍に不利に設定されている。

いわば政府公式の部落差別であり、愛国心あふれる中国人エリートはこの話題に触れたがらない(でも僕はべっとり触れちゃうから友達をなくす)。

ちなみに最近は大都市での進学・就職・出世の競争があまりにも激化しすぎて、都市戸籍から逆に農村戸籍に切り替えて競争から降りようとする人もいるらしい。

どんだけだよ(=^・・^;=)

いわば日本から「降りて」東南アジアに移住した僕のような価値観なのかもしれなけど、中国の戸籍は日本でいえば国籍にも相当する資格なので、農村戸籍へのダウングレードだとしても、そう簡単にお役所は認めてくれないらしい。

中国の長距離列車でエリート高校生と黒髪女教師と仲良くなった話

「相手が田舎の人だから」

おそらく、シンの奥さんは農村戸籍の持ち主だったのだろう。

農村戸籍女性との結婚に親が反対するということは、まぁ明らかに差別だけど、実際は親としてもっと切実に止めてほしい理由がある。基本は母系継承なので、都市戸籍のシンと農村戸籍の奥さんが結婚して子供が生まれた場合、その子供は農村戸籍に組み入れられてしまうのだ。

昔は一人っ子政策のため、現代は教育費の高騰により、中国は超少子化社会である。そんな貴重なお世継ぎが、母系の農村戸籍を継承したら、家督が被差別階級になってしまう。これではご先祖様に申し訳が立たないじゃないか。

こう考える高齢者は今でも多いと言われる(僕は実際に会ったことはない)。

「変人」が営む家族のカタチ

そして今月、僕のもとにシンから「離婚した」という報告が入った。

どういうこと(=^・・^;=)?親に勘当されてまで結婚したんでしょ(=^・・^;=)?

「次の人生を模索することにした」

「とりあえず性転換手術に向けてカネを貯めるわ」

どうも彼は人生に行き詰まると女性としてのアイデンティティに逃避する傾向があるね(=^・・^;=) 相変わらず彼の話はなかなか難解なのだけど、状況を総合して考えるにこういうことだ。

彼としては、心の拠り所、境遇を理解してくれる人を欲していて、それを結婚という形式で実現したつもりだった。しかし、奥さんとしては、彼との婚姻関係はビジネス上有利な都会で暮らせるゴールド切符だったのだ。

実は彼が離婚する前に、僕はシン夫妻と一緒に食事したことがある。

奥さんはほぼ英語が話せないのでシンが通訳してくれたけど、「デコボコ カップル」という印象を受けた。

気難しい学者タイプのシンに対し、奥さんは貪欲な商売人といった感じで、窓やカーテンといった内装用品の卸売代理店を経営している。彼と組んでシンガポールでビジネスを展開したいと言っていたけど、それってシンの地位を利用しているだけなんじゃ…。と感じるフシが多々あった。

結局、心の穴を埋めたかったシンと、社会的地位を高めたかった奥さんの利害が一致することはなく、離婚という結果に至ったのだと、僕は理解した。

なんだかなー。

大衆から外れた「変人」が営む家族のカタチに興味があって、僕の三十路前後に訪れた結婚ラッシュ以降、いろいろな国籍を持つ「変人」たちのその後を気にかけている。

それから7年あまり。

離婚するカップルがパラパラと発生し、僕が勝手に大衆から外れた「変人」と認定している当事者男女から状況を聞くにつけ、一定の結論に到達しつつある。

それは、自己肯定感が低い、つまり心に穴が空いていることが原因で「変人」になっている人が結婚しても、どのようなカタチであれ安定した家族を維持できない という、なかなか悲観的なものだ。

具体的には、家族になる以上、相手を支えることを自分の幸福と感じる義務が発生する。それなのに、自己肯定感が低い人は、自分の心に空いた穴を相手を利用して埋めようとする傾向がある。

むしろ、心の穴を埋めるために結婚したような印象を受けることも。

結局、相手を利用して自分の幸福を目指すという考え方を捨て、自分が持っているものを活かして相手を幸せにしたいと心から願わない限り、結婚という制度にのっとった家族のカタチは上手く機能しないようだ。