移民の街ロッテルダムのサウナ論争でオランダ社会の公私分離を見た

生粋のオランダ系オランダ人ってどこにいるのだろう…。

透き通った白い肌に真っ青な瞳。世界一の長身を誇るオランダ系オランダ人であるが、オランダに2年住んでも彼らと友達になれずにいる。

ロッテルダム市の人口統計を参照すると46%がオランダ系住民らしい。だからもちろん、自転車道をローラーブレードで爆走していると背の高い白人たちと大勢すれ違う。

でも、どうにもこうにも日常的な関わり合いにまで至るのは、移民とその末裔ばかりなのだ。その中には何人か白人もいるけど、ポーランド人、ルーマニア人、イタリア人という感じ。

オランダ系オランダ人 is どこ?

僕が住んでいるのはスキーダムという地方都市で、オランダ第二の人口を誇るロッテルダムの西側に位置する。この街には半ば偶然住むことになったのだけど、半端なく住み心地が良い。

もちろん当初期待した以上だ。

日本でも在日朝鮮人や中国系移民は大阪近郊に多く住んでいる。古今東西、外国人にとって住みやすいのは、その国の第二の都市と相場が決まっているんだろう。

ロッテルダムとそのベッドタウンであるスキーダムにも、御多分に漏れず僕のような移民一世やその子孫が多く、自分もマイノリティであるという意識のためか、新参移民に寛容で包容力を備えている。

たとえば、イスラム教移民からは「これ食え」とか、キリスト教移民からは「ビール飲んでけ」とか、みんな何だかんだ気にかけてくれる。

大晦日のカウントダウンなど、「独りで年越しすんの?ふざけんな、ウチに来い」、「気立ての良い猫が2匹いるわよ」などと、数回あいさつしただけのご近所さんにお呼ばれして、お陰様で楽しく過ごすことができた。

そんなオランダの移民たちが良く言うジョークとして、こんなのがある。

「オランダで知り合いの家に遊びに行くだろ。そのうち日が暮れて晩飯を料理する匂いが漂ってくる。そして言われるのさ『そろそろ晩御飯だから、帰ってくれ』と!」

「でも俺たちモロッコ人は違う。友達を食事に招くことを喜びにしているのさ」

とまぁ、結局はお国自慢が始まるのだけど、実際に家に遊びに行くとあれやこれやと食べ物や飲み物をふるまってくれるのは事実で、そんな彼らのおかげで「ああ俺もこの街の一員になれたんだな」と幸福な気分を味わうことができた。

多民族国家でも形成される暗黙のルール

そんなモロッコ移民たちと仲良くなったのは、もちろんサウナである。

前回の投稿で、オランダでサウナ付きスポーツジムに入会したところまで書いたけど、今日はその続きだ。

オランダでサウナ完備のスポーツジムに入会して友達を大量ゲットするまで

先ほどロッテルダム市の人口統計でオランダ系オランダ人は46%を占めると書いた。その他がどうなっているかというと、2位がスリナム系、3位がトルコ系、4位がモロッコ系である。これら3民族はそれぞれ7%前後であり、占める人口比率に大きな差はない。

ちなみにスリナムは日本人に馴染みがない国だけど、オランダがかつて植民地支配していた南米の小国である。小国といってもオランダよりもスリナムの方がデカいのだけど…。南米の最小国より小さいとか、どんだけ小さいんだオランダ笑

この比率はジムの会員でも概ねそのままだ。だけど、これがサウナとなると白人の割合がなぜかガクンと減って、僕が行く時間帯にはサウナに入ってる全員がイスラム系 (トルコ、モロッコ、スリナムなど) なんて日もある。

正確な理由はわからないけど、イスラム系オランダ人はユーロポート (欧州最大の物流拠点) でガテン系の仕事に就いている人が多い。

コンテナの積み下ろし、石油化学プラントの機械オペレーター、長距離トラックの運転手、コンテナ船の技師なんかだ。つまりはシフト制で、僕が行く時間帯である15時は、ちょうど早朝からの勤務が終わり、サウナで一服するタイミングなのかもしれない。

僕はもちろん15時に仕事を終わらせることはできない。でも、ちょっと一息いれるには丁度いいんだよね。まだ日が高いし、サウナも空いている。

その時、オランダではワクチンパスポートであるQRコードを提示しないとジム施設に入れないルールになっていた。つまりジムにいる時点で全員がワクチン接種済みということになる。

にもかかわらず、ジム経営者側はオランダ政府の要請を超えて、サウナ小屋には最大6人までしか入れないという、さらに厳しいルールを適用した。

この「根拠なしルール」は95%のサウナ利用者から反感を買った。

ジム経営者側の理屈としては、隣の人と1.5メートル間隔を空けるというソーシャルディスタンス規則をサウナ小屋にも適用したということらしい。狭いサウナ室で必要な間隔を保つためには6人までしか入れないと。

でもサウナ好きは外で待たされるのが大嫌いだ。さらにジム機器やエアロビクスではソーシャルディスタンスを徹底してないので、なぜサウナだけ差別するのかと苦情が殺到した。

「サウナは換気できないからです」

ジム経営者側の説明としては当然こうなるわけだが、それならエアロビクスはどうなのwwwあの小さい換気扇1つで意味あるわけwww

などと、そんな不毛な利用者の抗議も虚しく、最大6人ルールは維持された。

このような場合、つまり95%が不満を持つルールが施行された場合、オランダ人の行動は「バレなきゃオッケー」に移行するらしい。

マスク着用義務化の時など、鼻出しマスクのスタッフが「ジム内ではマスクをしてくださいね!」などと声掛けしていてズッコケたものだ。

つまり、「ここまでなら怒られないだろう」という共通了解が暗黙のうちに形成され、その空気を理解しない者が「鼻を覆わなければマスクの意味ないですよ」とか指摘しようものなら、俺たち仲間の掟にケチつけやがって的な、疎外感を味わうことになる。

具体的に、この鼻出しマスクの兄ちゃんからすれば、「俺だってマスク義務化に大反対だ。でも仕事上、マスク励行をお願いする立場にある。とりあえずカタチだけ従ってくれ」というメッセージになる。

僕は空気が読めない。空気が読めないからこそ、共通前提が少ない多民族国家オランダに、暮らしやすさを求めて移住してきた。

だから、多民族国家オランダにも、このような明文化されない暗黙の空気が瞬時のうちに形成されてしまうことに、当初はそうとう失望した。

サウナ戦争勃発!モロッコvsイタリア

そんな僕の絶望をぶっ飛ばす、とんでもない事件が発生した。

その日も僕は2時半くらいに仕事に一段落付け、白昼の静かなサウナに向かった。ところが思惑に反してサウナは満員だった。

そう、モロッコ系とトルコ系の茶色いガチムチ兄貴たちが6人。サウナ室で楽しそうにワイワイやっていたのだ。

僕は空気が読めない。だから明文化されている6人ルールを守ることでしか、波風を立てずに暮らすことができない。

もし暗黙の内輪ルールを空気的に理解して、適切なレベルでみんなと同じように公式ルールを破れれば、もっとずっと友達ができるのだろう。けど、うっかり許容される加減を間違えたときの制裁 (イジメ) が怖いから、こういう場面では大人しく明確なルールを律儀に守るのが安牌なのだ。

そういう「調子にのった失敗」を、僕は日本で数限りなくやらかしてきた。ハイコンテクストな日本生活を25年間サバイバルした教訓である。

だからサウナ室のドアを開けて、ガチムチ兄貴たちで満室であることを確認したとき、僕はこのような教訓に従い、とりあえず外で待つのが安全な行動であろうと判断した。

ところが、中にいたモロッコ系のガチムチ兄貴たちは、なんと全員が僕の顔見知りであった。

「なんだお前、なんで出ていくんだよ笑」

「俺たち、全員PCR陰性だからさ笑 しらんけど笑」

「たぶんお前でちょうど6人じゃん笑 大丈夫、大丈夫、来いよ!」

その流れで、若干の気まずさを感じながらも僕は苦笑してルールを破り、7人目としてサウナ室に入った。

ガチムチ兄貴たちが、僕を仲間の一員だと認識していることを嬉しく思った。このメンバーと一堂に会したのは初めてだったにも関わらず、どうやら「新しい日本人が入会したらしい」、「悪い奴じゃないぜ」というように、好意的な文脈で僕の存在が皆に広がっていたらしい。

インクルージョン。包容力。

そんな言葉が僕の頭でグルグルまわり、何度目か知らぬ「この街に移住してよかったな」という気持ちに包まれていた。

「出ていきなさい!あんたで7人目よ!!」

気温90℃のサウナ室が一瞬にして凍りついた。

白人の中年女性がそこにいた。ガチムチ兄貴たちが占める物理的な存在感で意識にのぼらなかったけど、確かにサウナ室には小柄な白人女性が混ざっていたのだ。

アラフィフといった年齢。160㎝くらいの、白人女性としては小柄な身長、黒い髪に白い肌。はっきりした英語。彼女のはっきりした英語は、オランダ語を喋らない僕に、明確な疎外意識を植え付けた。

「なんでさ、これで6人じゃんね笑 しらけんけど笑」

「そうだぜ、俺たち全員PCR陰性だしよ笑」

モロッコ系ガチムチ兄貴たちは、彼女の介入をもってしても、平常な「内輪ノリ」を維持しようとした。それがまた、この白人BBAの怒りに火を注いだようだった。

「ルールを守りなさい。あなたで7人目よ!」

ここから先、会話がオランダ語に切り替わったので、正確な内容は記憶できなかった。でもガチムチ兄貴が猛烈に反論を開始し、奇しくも7人目になった当事者である僕は、論争の外側に追いやられてしまった。

モロッコ系ガチムチ兄貴vsイタリアBBA。移民間の国際紛争である。

僕はというと、ガチムチ兄貴の1人が苦笑しながら「なんか変なことになっちゃったけど、とりあえず結論が出るまで中で座りなよ笑」と手招きしてくれたので、7人目の招かれざる者としてサウナに入り、高みの見物と決め込んだ。

僕の語学力ではオランダ語の口論など皆目理解できない。それでもイタリアBBA以外は僕の存在を好意的に捉えていると思うと、安心できた。

ちなみに早口の論戦から拾えたオランダ語の文章のいくつかに、「ローマンスの女性として」、という表現が使われていた。

イスラム系の彼らに対して、イタリアBBAは自分の出自を前提に「ルールに従うべき」と説教しているのだろう。

敬虔なカトリック教徒は、盲目的にイスラム教を下に見る傾向がある。いわば新興宗教という扱いである。実際イスラム教は、カトリックと同じユダヤ教の旧約聖書とキリスト教の新約聖書を根拠にしながら、宗教としての成立が500年以上も遅い。

だから、同じ神を信じる一神教として格下と感じるのかもしれない。

そのうち論戦はヒートアップし、兄貴たちもBBAも感情的な発露が増え、最終的に「BBAが出てけば6人になる」、「BBAが出てけ!」的な大合唱になった。

でーてけ!でーてけ!

オランダ社会の公私分離を見た

この騒動で僕が感銘を受けたのは、ガチムチ兄貴のうち2人は、実はジム施設の職員であったことだ。

このジムの職員は、福利厚生としてサウナを含む施設を無料で利用できる。

同一労働同一賃金が徹底されたオランダでは、正社員とアルバイトの間に一切の分断がない。働いた時間だけ、もらえる給料が異なる。それだけだ。

たとえば正社員でも無給休暇を取ればアルバイトと同じに働いた時間だけしか給料が出ないし、逆にアルバイトでも、時間に余裕があるならフルタイムでシフトに入れば、正社員と変わらない待遇を受けられる。

このように恵まれた労働環境だから、体を鍛えるのが好きな学生にとって、ジムのインストラクターやプールの指導員なんかは人気の職種である。福利厚生で施設を利用できつつ、職歴として卒業後の進路にも正社員と変わらぬ箔をつけられる。

そうなると。

必要以上に品行方正に勤務して、リファレンスレター (白人先進国の求職活動で必須になる上司による推薦状) の評価を上げようとするんじゃないかと思っていた。実際、シンガポールのアメリカ企業では、このような傾向があった。

ところが、オランダのジム職員は違う。

そういう損得勘定が一切ないばかりか、職場の福利厚生でサウナを利用しているにもかかわらず、まったくの自由。非番には一般利用者と変わらず、勤務先への忖度は一切ないのである。

それにしても、ルール違反を訴える一般利用者に、非番とはいえジムの職員が反駁するってのは、度肝を抜かれたよね(=^・・^;=)

そんなのアリかよって笑

で、出てけコールを受けたイタリアBBAは悪態ついてサウナから出て行ったものの、まぁ予想通り、ジムの職員を連れて程なく戻ってきた。

戦友的なポジションを獲得

「あー…」

このイタリアお節介BBAが職員に「チクって」戻ってきたとき、僕など小心者だし状況も読み取れないからビビったけど、まわりのガチムチ兄貴は余裕。

ルール違反を咎められ、ジムの会員権をはく奪されそうな状況でも、ガチムチ兄貴の言動からは恐れよりも哀れみを感じた。

「なんだ今の時間、担当はお前かよw」的な、10円ガムでハズレを引いたノリ。

こういうことだ。

つまり、BBAから苦情を言われたジム職員も、イスラム勢の仲間であり、コロナ対策の根拠ないルールに反発している。ただ、彼は勤務中だ。そして運が悪いことに、状況を読めないイタリアBBAの苦情を勤務中に受けてしまった。

その結果、自分の信条とは別に、同じ考えを持つ仲間である僕たちに、注意する義務が発生してしまった。

「ついてね―な、お前笑」

という空気。だから、職員として同じ立場に立っている非番のガチムチ兄貴たちは、勤務中の仲間のメンツを傷つけないように大人しくサウナから出ていった。

イタリアBBAは恐らくこうした裏の状況を完全には理解できていなかった。自分は正しいことをしたと満足しつつ、雰囲気の悪いジムに入ってしまったと落胆したのかもしれない。この騒動があってから、イタリアBBAは二度とジムで見かけていない。

そして逆に僕は、困難を共に乗り越えた戦友的なポジションを手に入れた。棚ボタである(=^・・^=)♬

「最近BBA来ないな笑」

っていうのが、それ以来仲間内の挨拶になった。

これは共通の敵をこしらえて仲間の結束を捏造するという、イジメの構造そのものだ。だけど、いままで同じ集団心理で疎外される側にしか立ってこなかった僕にとって、まったく同じ集団心理でグループに取り込まれるというのは、新鮮な体験であった。

学校や職場の人間関係が無益なのはイジメの原因と同根

人間関係や協調性は学校で学べるか

次回は、そんな茶色で腋臭なガチムチ兄貴たちの人生に焦点を当てて、彼らのライフストーリーを日本語にしてみたいと思う。